修兵/恋次 | ナノ



 01


「檜佐木副隊長……?」


お呼びですかと控え目な声が室内に響いて、思わず頬が弛んだ。


「圭冴」

「一時間」

「……チッ」

「舌打ちすんじゃねぇよ」

「あの……?」


あまり良い見本とは言えない、そんな俺らの乱暴なやり取りを不思議そうに見遣る四宮に、何でもねぇよと優しく返してやる。


「…………キモ」

「手前ぇ……」

「あの、お邪魔でしたらまた出直してっ……」

「あー待て待て待てっ」


折角 久しぶりに呼び出したって言うのに出直されてたまるかと呼び止める。


「大丈夫だから。此処に居ろよ」


出て行くのは圭冴だからと頭を撫でれば、一瞬だけ見開いた瞳が困ったように、でも優しく細められて、其れがまた可愛くて頬が更にと弛んだ。



あれ以来、俺らの関係は良好で、忙しい俺の執務の合間を縫って四宮を副官室に呼んでは少ない時間を共に過ごしている。


「逢澤三席は宜しかったんですか?」

「………………」

「檜佐木副隊長?」

「いや……」


四宮の口から圭冴の名前が出るのが面白くねぇとはとても言えねぇ。

言えねぇ、が、いつも圭冴が仲介役になるせいで……


『いつも急で悪いな』


お前もゆっくりしろとあの無愛想な男が微笑みやがる。其れに四宮もほっとしたように微笑うのがムカつく(勿論、圭冴に)。

俺よりも長く四宮に接する事が出来る圭冴が、非常に面白くねぇ訳で……。


「何でも無ぇよ」


其れでも、そんな情けない事は出来ねぇと吐いた息は、思いの外 深くなってしまってまた溜め息が出る。

やっと出て行った圭冴の腕に抱えられた大量の書類に、内心で詫びてやらない事もないと思いつつ、遠慮がちに佇んだままの四宮を呼び寄せて腕に収めた。


「あ、の……」

「あ―… 悪ぃけど、今日はあんま時間が無ぇから」


さっさと補給させてくれと、もう明け透けな言葉を口にした。途端、真っ赤になりながらも大人しく収まってくれる四宮の頬に口唇を寄せる。


「最近、彼処にも行けてねぇしな」


あんな事を言いながら、気を遣ってくれている圭冴が俺の脱走を見逃してくれては、四宮を遣いにと出してくれている。
其の時間を四宮と二人でのんびりと過ごすのが俺の最近の癒しになっていて。

決して多いとは言えない時間だけれど、二度と手には入らねぇんだと思っていたあの時に比べれば、こうして触れて、俺のモノだと実感出来る今が嘘のように幸せだと感じる、のに……


「紗……」

「はい?」


呼べねぇし。


「いや……」

「檜佐木副隊長、っ……」


何でもねぇとまた誤魔化しながら、言葉を奪うようにゆっくりと顔を近付けて口唇を食んだ。


『付き合う』事にはなっても、そんなに時間が取れる訳じゃない。

四宮の立場を考えれば、大っぴらに公表するのは憚られて……


『お前は難しく考え過ぎなんだよ』

『………………』


少しは阿散井を見習ったらどうよと寄せられた眉の意味も解らない訳では無ぇ、が……。

其の名を出されると未だ胸が騒つく……。


「檜、佐木副隊長……っ、」

「……………」


そんな自分から目を逸らすように、いつもより深く、いつもより長く。逃がさないとばかりに降とし続けた。

止まない口付けと躯をまさぐる掌の意味に、お前だって気付かない訳がないだろ、と。


「っ、は……ぁっ……」


柔らかな口唇から舌先を滑らせて首筋をゆっくりと降りて行けば、聴こえた微かに洩れた吐息が熱を煽って、ブルリと痺れが走った。


紗也……


未だ呼べない名前を内心で呟いて、震える躯に自重を寄せて行く。

割り開いた胸元から覗く膨らみを捉えれば、「待って」と小さな抵抗が俺を止めたけれど……


「そんなんじゃ止まんねぇよ……」


くっ と苦笑して拳に力を込める。

柔らかな胸に顔を埋めて、先に進みたいと焦れる気持ちを無理矢理抑え付けた。


此れだけじゃ足りない。
けれど、怖がらせたくはない。


相反する想い、でも、どちらも本当で……。


「うぜぇ……」


女々しい思考に吐き気がする。

俺は……



『隠す事が護る事になるとは限らねぇだろ』



煩ぇよ……。


んな事は解っている。
四宮は俺のだと叫びたいのは俺で、いつだって気が気じゃねぇのも俺で……。

其れでも……


絶対に失くしたくねぇ、ただ其れだけ。


もう少し、後少しなんだと理由付けて自分を納得させた。






自分の想いにばかり気を取られていた俺が、腕の中の小さな揺らぎに気付ける訳もなかった……。






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