▼ 01
幸せな夢から目覚め私は、優しい腕の中にいた――…
そんな莫迦な勘違いを、した……。
「檜佐木に彼女が出来たみたいだな」
「そうみたいね」
確か三番隊のコだったよねと書類を見ながら応えれば、お前はそれでいいのかと見ていた書類を抜き取られた。
自隊から出る事なんて滅多にないこの悪友が、こんなに不機嫌丸出しなのも珍しい。けど、
「良いも何も……」
彼女が出来たって事は、そう言う事でしょう?
「私が口を出す権利なんてないじゃない」
その私の返答の何が気に入らなかったのか、眉間に皺を寄せた阿近が、もう勝手にしろと不機嫌そうに顔を顰めて帰って行った。
阿近は偶におかしな事を言う。
頭の良すぎるヤツの考える事は難解過ぎる……。
修兵君とは阿近を介して知り合った。
二人はお互いに気も合うのか、あの現世の実習以来、定期検診だなんだと懇意にしているらしく、時間が合えば呑みに出たりもしているようだった。
ちょっと出て来いと急に呼び出された居酒屋に顔を出すと、阿近の向かいには檜佐木副隊長の姿が在った。
初めましてと挨拶をする私に、恐い顔で頷くだけの檜佐木副隊長は終始ムッとしていて。
阿近の隣に座らされて一緒に呑んでいる間もそれが崩れる事はなく、面識のなかった私はどうしたら良いのかと戸惑うばかりだった。
『ちょっと阿近。私、帰った方が良いんじゃないの?』
『何でだよ』
『その質問に驚くわ』
『あ?』
『いや、だから。檜佐木副隊長、ずっと嫌そうにしてるじゃない』
だからそろそろ帰るねと続けようとした私に目を丸くした後、珍しく阿近は、それはもう愉しそうに声を上げて笑った。
「檜佐木っ!お前ぇの顔が恐ぇから、紗也がもう帰るってよっ」
ちょっと――っ!!!
この酔っ払いは何を言い出すのか。いや似たような事は言ったけど!
何も本人に云わなくてもと恐る恐る目を向ければ。
意外にも、と言ったら失礼か。
目を見開いて固まっている檜佐木副隊長がそこに居て、今度はその表情に驚いて見詰めてしまった。
「いや……その。そんな見ないで貰えないっすか」
見詰めれば見詰める程、真っ赤になって行く顔が面白い。
「いや。だからっすね……」
耳まで赤く染めて、沸騰したみたいに湯気まで出そうな勢いで。
もうこれ以上は紅くならないだろうなと思うくらいに紅くなった檜佐木副隊長が、ニヤニヤする阿近を睨み付けた後
「四宮先輩の前で、緊張してるだけ……っすから」
出来れば帰らないで下さいと、しどろもどろになりながら言った。
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