▼ 05
「阿近さん……?」
一体、此れは何でしょうかと訊ねれば、「お前は花束も知らねぇのか」と溜め息と共に返された。
「…………」
何で此の人はこういう言い方しか出来ないんだろうか……
「私だって、此れが花束だって事くらいは知ってます」
私が訊きたいのは、だから何で、阿近さんが其れを私なんかに差し出すのかだ。
何しろ阿近さんと私の仲はお世辞にも好いとは言えない。寧ろ悪い。
だから態々 私の部屋まで持って来るとかもう有り得ない……って言うか 、
「此処まで来るの、恥ずかしくなかったんですか」
「まぁ、視界はかなり開けてたな」
「…………」
ああ其れはもう、嘸や皆さんドン引きだったでしょうねと、目に浮かんだ光景に乾いた笑いが溢れた。
「………………」
「何だ?」
「いえ……」
其れで何で、今度は私の部屋に上がり込んで寛いでらっしゃるんですかと問うても善いだろうか。
あれから……。
思い出すのも腹立たしいけれど、あの、阿近さんに近付いてしまったあの日から、此の人は何かと私に絡んで来るようになった。
出来ればもう関わり合いになりたくはない。
いっそ無かった事にしてしまいたい、そんな私の想いなんて阿近さんにとっては汲み取るに値しないらしい。
甘さなんて欠片も無いくせに……
いや!そんなモノが欲しい訳では決してない。
ただ、無かった事にしたいのかと思えばそうでも無い、こんな風に不意打ちで現れては訳も無く私を揺さぶる此の人が解せないだけ。
其の不可解な言動は、だったら一体何なんだと私を苛立たせるだけ、で……
『紗也……』
っ…、とにかく。さっさと此のモヤモヤを解消して貰って、早急にお暇願いたい。
「其れでさっきの質問の答えなんですけど」
「其の花、好きだったろ」
「っ其れは、好きです、けど、何でご存知なんですか……って、だから何で其処で溜め息吐くんですか!」
何でこう一々、此の人はヒトの勘に障る行動をするのかなっ
「もう、良いです」
気にするだけ無駄だ。
質問した私が莫迦だった。
「もう答えは良いですから帰っ……」
「好きだからだろ」
「ですから、」
「花じゃねぇ。花を持って来たのも、好きな花を憶えてるのも全部、俺がお前を好きだからだろ」
「……………は?」
其れに何か問題でも有るのかと、シレッと云われたって……
「え……?」
咄嗟に言い返す、上手い言葉なんて持ち合わせていない、のに……
「愛してる、紗也」
「っ……」
畳み掛けて来る。
ゆっくりと、でも確実に詰められた距離に気付いた時にはもう遅い。
「男が、花を贈る意味を知ってるか……」
私を囚える腕の拘束は、決して振り解けない程の強さではないのに、逸らす事を許さない視線に躯が戦慄くだけ……。
「大脳皮質中の大脳辺縁系の此処、海馬に訴えるには一つの単純な形じゃあ足りねぇ、複雑な文脈の中にはめ込まれて初めて意味を持つ傾向がある……って難しい事を言っても解らねぇか?」
微動だにしない私に近付く口唇が、耳元を食むようにしては音を脳に直接訴えて来る。
「触れて、囁いて、捉えて」
喰い付かれた喉元を軟らかな感触が伝う。
「其れでもまだ足りないモノを補う為だ」
「………………」
噎せ返るような花の香りを知っている。
知らないはずの阿近さんの匂いに包まれて……
「諦めるのは性に合わねぇって結論付いたから……、宣戦布告だな」
俺はお前しかダメなんだって、前にも云っただろ……
『憶えて……』
どうしようもなく泣きたくなった……。
「私、は……」
「知ってるはずだ」
トン と胸を指差されて、瞳に溜まっていたものが溢れ落ちる。
けど、私は………
「知らな……、ちょっ、待っ……」
「お前は知ってんだよ、紗也……」
「っ……」
グッと後頭部を引き寄せられて、せめてもの抵抗にと瞳を閉じた。
「お前に触れて良いのは、俺だけだ」
っ……、だから何で……
惑う私を、まるで全てを見越していたかのように、声色も、纏う気までを捕食者の其れへと一転させる。
其れを振り払う術を私は知らない、のに……
どうして阿近さんが、そんなに辛そうなんですか……。
『非科学的精神論でしかねぇな』
そう、自嘲された花が無造作に床に散って行く。
「紗也……」
名前を呼ばれただけで熱を持つ躯は、自分のモノなのか感覚さえ怪しい。
ゆっくりと引き寄せる阿近さんの腕に逆らう事も出来ない。
「逃げても良いぞ」
逃がさねぇけどな。
く と口角を上げる此の人が怖い、のに……
今日も私は、抵抗なんて出来ずに終わる。
組み敷かれるままに全てを受け入れる。
だって私は……
「紗也……」
此の人の熱を、知っている……。
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