▼ 02
「阿近さん……?」
窓の無い真っ暗な空間に、返答こそ無いものの、阿近さんの消し切れていない霊圧の残存が揺らめく。
もしも寝て居たらと躊躇って、ノックする事を止めた事を今更に後悔しながら一声掛けて入室した。
数歩進めば、闇に慣れた瞳が阿近さんを捉えて息を吐く。
傍に寄って確認すれば、何に乱れが在る訳でも無く眠って居るだけの事が判った。
余程疲れて居るんだろう、霊圧を消して居るとは言え、此の人が他者の侵入を許すなんてと見慣れない寝顔に思った。
…………さて。
目的だった阿近さんの無事も所在も確認したし、早々に退散せねばと立ち上がるべく手を付いた。
もしも見付かったら、其れこそ事だ。
ぐっすり寝てて下さって居るんだから、其れだけは避けたい。
まだ死にたく無い。
阿近さんだって、嫌なヤツに勝手に侵入されて、況してや寝顔を見られるなんて不本意極まり無いだろう。
「っ―――…」
ぐっと立ち上がろうした躯を、何かに引かれてバランスを崩した。
「…………、……」
何、に……?
「まだ帰るなよ」
「っ………」
開かれない瞳、なのに、まるで誰かを判っているかのように、伸びて来た腕に捕らえられて放心した。
『来てたのか……』
さっき、阿近さんはそう言った。
私を抱き込んで、慣れた手付きで躯を辿る。
当たり前のように、まるで拒まれる事を想定していない口唇は、想うままに熱を与えて来た……。
誰かと間違えて居たのか。
寝惚けての、不覚か。
再び堕ちるように深い眠りに付いた阿近さんを見下ろして頭を振った。
「―――…っ」
ギュッ と奥歯を噛み締めて、震える躯に力を込める。
甘い拘束から、どうか起きないでとばくばくと煩い心臓を鎮めながら脱け出して、乱れた衿元を震える手で掻き合わせて後退った。
「どうして……」
返事を待つ事なく踵を反して外に飛び出した。
躯が熱を帯びたように熱い。
消えない口唇と掌の感触に、戦慄くように震えが走った……。
『来てたのか、……』
阿近さんは、間違い無く
『紗也……』
私の名を呼んだ――…
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