▼ 01
「……阿近さん?入りますね……」
何度ノックしても一向に開かれない扉を前に、もう此れは致し方無いだろうと取手に手を掛けた。
此れで開かなかったら、涅隊長に死ぬ気でお願いして開けて貰うより他は無い。
と期待もせずに掴んだ其れが、意外にも抵抗無く回った事に驚いた。
「本当に大丈夫なの……?」
驚いて、らしからぬ状態に阿近さんの病状が窺い知れて幾ばくかの逡巡をする。
そんなにも悪いんだろうか?
彼――…
阿近さんは、他人に弱味を見せるような人では無い。
例え弱って居たにせよ、其れを覚らせるような失態や失敗はしない。だからこそ、とばかりに強く在ろうとするだろう。
其の頑ななまでの思想は見事なまでに潔く、彼の存在感を知らしめて居て……
だから、らしく無い。
ギッ と小さく音を立てた扉の中は薄暗く、まるで光の届かない奥まった場所は視認するのも難しい状況だったけれど、前に一度、不可抗力で来た時だってこんな風じゃ無かった気がする。
作り物めいて、生活感の感じられない程に整えられて居たはずの部屋は少し乱れて、今、見えない彼の存在を明確に示して居る。
阿近さんは、誰かに所在を気取られるような真似はしない。
となると、本格的に具合が悪いのか……
そっと足を忍ばせるように奥へと進める足は、少しだけ緊張で震えて居る。
お化け屋敷じゃないんだから……
そもそも、何で私が此処に来なければならないのか、其所からして理解出来ない。
『お前が一番適任だろ』
何で私が……
と怪訝な瞳を向けた私に返されたのが先の台詞。
阿近さんが出舎して来ない。
そんな、子供じゃないんだから放って置けと一蹴するような話がそうはならないのが、対象が阿近さん故だ。
あの、阿近さんが自室に戻っただけでも驚きなのに、時間になっても出舎して来ない。処か、無断で欠勤するなんて尸魂界が滅亡したって有り得ない。
其れは解る。
『問題は、何で様子を見に行くのが私かって事です』
選りに選って、何で一番有り得ない私を選ぶかな。
多分、いや絶対。阿近さんが此の世で一番嫌がるヤツが私だって断言しても良いくらいで……
『だからだろ』
『は?』
『お前なら阿近に何を言われても平気だろ』
生け贄かっ
あの気難しい阿近さんは、自分のテリトリーに他者が入るのを極端に疎う。
うっかり足を踏み入れようものなら、瞬殺処か抹消される勢いだ。
前に阿近さんファンの女のコが頼まれてもいないお茶を運んで行ったら、其れから数日使い物にならなくなった事が有る。
気に入らないヤツには女だろうが容赦無い。
口も悪いし、態度も悪い。
目付きも霊圧も……
『お前は阿近が苦手だから、何をされても気にもしねぇだろ』
……ええ、全く。
『でも、其れと此れとは……っ』
『なら、命令で』
『っ―――…』
ムカ、つくっ……
確かに、何を言われても気になんかならない。
けれど、傷付かないだけで苦手なものは苦手だし、寧ろ積極的に関わりたくない方向でお願いしたい。
阿近さんだって嫌だろう。
「阿近さんだって、何で具合の悪い時に敢えて私の顔を見なきゃならない……」
其れこそ大迷惑だろう。
取り敢えず。
生存を確認するだけ確認したら、さっさと帰ろうと心に決める。
もしも病気なら四番隊に任せれば善いし、他の理由が判れば報告に戻れば良い。
嫌な事はさっさと済ませて帰る!
よし、と戻りたがる足を叱責して歩を進めれば、居間を抜けた奥の部屋に微かに揺れる気配を感じて在宅を確信した。
「ホント、嫌だ……」
此れから浴びせられるだろう悪態の数々を思ってこっそりと嘆息した。
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