▼ 06
「修兵君に彼女なんていないって知ってたんでしょ」
「上手く行ったんだから良いじゃねぇか」
「良くないし」
そう言って頬を膨らませてんのは紗也で、あんなに辛い思いをしたのにと文句を言って来やがる。
直ぐ傍に陣取って、ああでもないこうでもないと煩ぇったらねぇが。
仕事の邪魔に感じねぇのは何だかの弱味だな。
そう自嘲するも、此ばかりは仕方がねぇと嘆息する。
「直ぐに一人で完結すんのは、お前の悪い癖だろ」
「…………」
切羽詰まらねぇと動けねぇ檜佐木もどうかと思うがなと溜め息を吐いて首を回せば、笑顔で紗也が立ち上がる。
「今日は、緑茶な気分?」
「…………ああ」
文句を言ってムクれて居やがったのにと、本当にコイツのこういうところが嫌になる。
ゴキッ と鳴らした首
掛かり切りだったデータから目を離した
俺の何気ない仕草から尽く正確に読み取って、それが何でも無い事のように微笑んで……
「ちょっと疲れた顔してるね」
当たり前のように傍に居やがるんだ……。
*
「こんな所に入り浸ってちゃ煩ぇだろ」
「誰が?」
だから早く帰れと、受け取った茶を口に含みながら云えば、何の事とだと言いたげな視線を向けられて眉間に皺が寄る。
「檜佐木だろ」
「何で修兵君」
何でって、何を言ってやがる。
「お前ぇの男だろ」
「付き合ってないし」
…………は?
「だから何を言ってやがる」
「だから、付き合ってないの」
……つったって、紗也は檜佐木が好きで、檜佐木は紗也がずっと好きで……
「上手く行ったって……」
「上手くは収まったよ。色々、迷惑掛けてごめん……。でも、あの日気付いちゃったから」
ごめんなさいって謝って来たと、紗也が何処か吹っ切れたような顔をする。
気付いたって何をだよ。
そんな顔でも晒しちまってたのか、私は阿近じゃないとダメだったみたいだと、紗也が……苦笑した。
「……聴いてねぇぞ」
「言ってないし」
この、野郎……
「何で云わねぇんだ。俺は……」
「資格が無いから」
「…………」
ずっと阿近が傍に居て、何も気付かないまま甘えていた。
修兵君を好きになって、それで、私は……
「修兵、君と……」
「いい」
「……阿近?」
コイツは、本当に莫迦だろう……。
「お前が、紗也が傍に居るなら、ンな細けぇ事はどうだって良いんだ」
それでもお前が嫌なら、いつでも記憶を抹消してやると言えば、やっと紗也が後ろから抱き着いた。
「…………うん。阿近が好き」
「始めから、そう言え」
*
「っつー訳で、悪かったな」
「全く悪いなんて思ってねぇっすよね」
人が珍しく謝罪なんてものをしてやってんのに、憮然とした表情で文句を言ってやがるのは、九番隊副隊長様だ。
「大変申し訳無く思って居りますが……」
「それも止めて下さい」
「結局、気に入らねぇんじゃねぇか」
「極端過ぎるからじゃねぇっすかっ!」
ふ――… と溜め息を吐いて、まぁ良いっすと溢す。その顔が、やっぱり何処か落ち込んで見えるのは気のせいじゃねぇな……
「俺は諦め悪いんで」
……って、全然じゃねぇかよ……
「お前の手には負えねぇよ」
紗也が俺を好きだっつーなら、もう譲ってやる気は無ぇと、其の挑戦的な目を一蹴してやる。
「そうして、下さい」
まぁ、紗也さんが幸せなら良いっすと、今度こそ清々しい顔で笑う檜佐木に内心で詫び……
「泣かせたら、今度は俺が慰めるんで」
だから、全然じゃねぇかよ。
どいつもこいつもと嘆息して、もう譲れねぇのは俺も同じかと受けて立つ事にした。