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「莫迦だろ、お前」
「ごめんなさい……」
目の前で呆れているのは阿散井副隊長で。
顔は怒っているけれど、その霊圧はいつもと変わらず優しいもので、全てが私の為の振りなんだと容易に知れる。
それが申し訳無くて、私は俯いたままの顔を益々深くした。
あの後、檜佐木副隊長にはごめんなさいと伝えた。
いつかそれが間違いだったと悔やむ日が来たとしても、それでも、今は頷く事は出来なかった……。
「あのなぁ……」
溜め息混じりに、紗也、と名前を呼ばれて躯が跳ねた。
「らしいと言えばらしいんだけどよ……」
不意にぐしゃぐしゃと頭を撫でられるから、思わず見上げてしまったその顔が……
「ごめん、なさい……」
困ったように、あまりにも優しく微笑んでいたから、我慢していた涙が一気に溢れ出た。
もう、その腕が私を引き寄せる事は無い。
「誰かを好きになるのは、好きになろうとしてなるもんじゃねぇだろ」
其れでも良いと思ってたんだけどよと自嘲気味に笑って
「気付いたら、なってるもんだろ」
言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「紗也を振ったっていう莫迦な野郎が先輩だってのは直ぐに気付いたんだよ」
お前、解り易いからな……
溢れる涙を掬ってくれる指先も、ふ と溢す笑みも優しくて、「泣くな」と言う声にふるふると首を振った。
「だから、其の莫迦野郎な先輩が紗也を好きだったっつーなら、遠慮する事なんて無ぇだろが」
「で、も……っ」
それでも私は……
「だったら、紗也の手料理一回でチャラな」
「え……?」
紗也の部屋で食わせてくれるって約束しただろと、阿散井副隊長は急に何を言い出すんだろうか。
「それ、は、良いです……けど。でも何で急に……」
「ほら、な……」
「え?」
「………だから、俺じゃねぇんだよ」
未だ、解らねぇんだろ?
其の意味が解るまで――…
今度は少しだけ顔を歪ませて、阿散井副隊長は本当に淋しそうに笑顔をつくった。
「先輩にも頭下げられた。紗也に振られて、今頃どっかでふて寝してんだろうから……」
ゆっくり、ゆっくりと私に近付いた阿散井副隊長が
「行ってやれよ」
逢澤さんも先輩が居ねぇって、困ってたぞ……
優しく私の背中を押した。
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