▼ 09
「寝起きで頭は回って無ぇ、逆光で顔も見えなかった。……名前も、圭冴の野郎が間違いやがるから……」
そう言って、檜佐木副隊長は口唇を引き結んだ。
四宮、紗也ちゃん……?
あの日、檜佐木副隊長は酷く驚いた顔をされていたのを思い出す。
阿散井に頼まれて呼び出したのは、顔も名前も曖昧な新入隊士のはずだった。
失礼しますと不安気な表情で現れた彼女を見て、驚きより間抜け面になっちまってたのは間違い無ぇ。
何で彼女が此処に……?
そんな俺を置き去りに進む会話は、四宮紗也は間違い無く彼女なんだと伝えて来て……。
俺が好きなのは四宮で、四宮を振ったのは俺で……
何かが間違っている――…
「やっと全部が繋がった時には遅ぇと思った。もう今更だと。諦めたつもりだった……でも、無理だ」
ずっと、ずっと見ていた……
「阿散井と付き合うって聴いて、息が止まるかと思った」
俺は……
「四宮が、好きなんだ……」
「…………」
「諦めるなんて無理だ。気ぃ 狂う……」
もう遅いかと問い掛けながら、私を掻き抱く腕は弛む事は無く、だんだん深いものになりつつある口付けが止む事も無い。
されるがまま、少しの抵抗も出来ずにいる私は、きっと此の激しい拘束が無くても、指一本動かす事は出来ない。
どうしたって変えられない。
檜佐木副隊長が好きだと溢れ出る想いを止められない。
呼吸も、胸も、全部が苦しい……
好きなんです……
檜佐木副隊長も、もうきっと解っている。
私が云えない事も、直ぐには頷け無い事も……
ごめんなさい――…
何一つ言葉に出来ないまま
閉じた瞳に浮かぶのは
私を包む、優しい笑顔だった――…
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