▼ 08
運命なんて言葉を、今まで一度足りとも信じた事は無ぇが、
もしも必然と言うモノが在るのなら、今、此の時がそうなんじゃねぇかと思った……。
新人隊士の正規配属後
九番隊の隊舎前
整列した新人隊士の中に其の姿を見付けた時には、知らず拳に力が入っていた。
『圭冴』
『何だよっ……て、名前で呼ぶのも珍しいな』
新人の統轄を一任していた三席で在る圭冴に、人前だってのも忘れて同期の気安さのまま声を掛けていた。
『右奥の、栗色の髪のヤツ。名前判るか?』
『は?……って、ああ。……どいつ?』
『どいつって……、他に居ねぇだろっ』
『居るだろ、ボケ!目に入んねぇのかっ』
何人か並んでんだろがとド突かれて、やっと周りの女に気付く程の惚けっぷり。
『右!』
っつーか、右しか有り得ねぇだろがと言えば、残念な目を向けられる。
『右…、ね。右………にしても、修兵がそう言うのも珍しいよな』
『……煩ぇよ』
パラパラと資料を捲りながら、くくっと愉しげに笑いやがる圭冴にムッとなる。
が、らしくねぇなんてもんじゃねぇ。
公私混同も良いとこだ。
其れでも、
ずっと見ているだけだった。
不用意に近付けば、瞬く間に消えてしまうんじゃねぇかと思う程、何処か現実味の薄い雰囲気が彼女には在った。
ならば、見ているだけで良い
なんてらしくねぇ事を思うくらいに、ただ焦がれていた。
其の、彼女が俺の前に立って居る。
少し緊張した面持ちが現実を伴って、やっと捕まえられるような気がした。
触れても、消えたりしないんだと――…
『おい、あんま見てっと泣かれんぞ。お前、顔恐ぇんだからよ……』
『だから煩ぇっつのっ』
余計なお世話だと一発殴り付けながら、『はいはい』と溜め息混じりに告げられた名前を……
彼女を見詰たまま
いつまでも反芻していた――…
『あの娘の名前は……』
伝えられた名は、
四宮 紗也じゃなかった。
prev / next