▼ 07
近付いて来る霊圧に気付いて居ながら、俺はいつものように気付かない振りを決め込んだ。
まだあまり強くはない、けれど、愛しいと感じる霊圧が真っ直ぐに俺に向かって来るのが嬉しいと思ってしまう。
寝た振りの俺に気を遣って、必ず一度少し離れた場所で立ち止まる。
少しの逡巡の後に、ゆっくりと傍に寄って膝を着く。
四宮が俺に、躊躇いがちに声を掛ける迄の時間が、四宮の瞳に見詰められる時間が、もどかしくも擽ったくも感じてどうしようもない。
緩みそうになる顔を引き締めて、其れでも起きてやらない俺に触れる、其の手の温もりが震える程に愛しいと、もう伝える術は無いんだと焦燥にも似た想いに苛まれながら……。
「檜佐木副隊長……」
瞳を開ければ、いつものように困ったような顔が其処に在った。
「お休みのところ申し訳有りません……。逢澤三席が探していらっしゃいます」
「……いつも、悪いな」
そう云いながら、ゆっくりと半身を起こして行けば、触れていた温もりが離れて行く。
悪いなんて思っちゃいない。
此処は四宮しか知らない。
四宮しか来られないと知っていて、隊務に差し障りの無ぇように見計らってやってるんだからと自嘲する。
態々四宮を指名して呼びに来させている圭冴にしても同様だ。
「いえ、逢澤三席もお忙しそうですし、此処は判り難いみたいで……」
「見付かった事無かったのにな」
「でしたら、違う場所でサボって下さいっ!皆さん、説明しても判らないって仰るんですからっ」
……そう。
此処は四宮しか来られない。
あの日の、こんな簡単な事にも気付けなかった自分を罵倒してやりたい。
やり直せるなら、あの日あの時に戻って、俺も好きだと告げるのに……。
俺の方が、君を先に好きになっていたんだと……
入隊して一年程経った頃に偶然見付けた此処は、他所からは死角になるらしく、独りになりたい時には持ってこいの場所だった。
目に映る景色は何処か懐かしさを感じる優しさで、空に溶ける色が綺麗だと思った。
そんな俺だけの場所だった此処に、此の春、初めての侵入者が現れた。
其れが、四宮だった……。
瞳を閉じて風を感じる。
時折、ふ と優しげに微笑う。
其の瞳の中に俺と同じモノが映っているんだと何故だか確信出来て、胸が熱くなるような想いがした。
其れからは四宮を見に行っていたようなものだった。
偶然出会した時には、驚かせたくないと気配も霊圧も消して近付き過ぎない距離を保った。
いつも、何をするでも無く其所に在る四宮の霊圧を感じるだけで、止め処なく溢れ出る想いは……
名前も知らない君が
ただ好きだと思った――…
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