▼ 05
「私が、ですか……?」
上官からの依頼に承諾以外の言葉を発するなんてとは思うものの、その内容故に、二つ返事という訳には行かなかった。
眉根を寄せて逡巡し続ける私に、とうとう頼むよと頭まで下げられてしまって息が止まるかと思った。
「止、めて下さいっ!逢澤三席っ!行きます。やりますからっ」
慌てて顔を上げて貰えば、心底ほっとしたような顔で微笑まれて内心で息を吐く。
出来るならあまり関わりたくなかった。況してや、二人きりになるような状況は極力避けたいと願うのに。
私にはまだキツい……
そう泣き言を言っても罰は当たらないはずだと思いたい。
『檜佐木副隊長を探して来てくれないか?』
今日で何度目になるか分からないそれは、最近では私の仕事になりつつある。
檜佐木副隊長がフラリと居なくなられる事が増えているらしかった。
長い時間では無いものの、今、と言う時に居ない。
それが、上位席官の方々の悩みの種になっているようで。
以前、私が見付け出したのを憶えていらした逢澤三席に頼まれるようになったのだけれど……。
『場所をお教えしますので……』
『いや、何か解り難かったから、行ってくれると助かるんだよな』
九番隊が忙しいのは百も承知で、私が行くのが一番効率が良いのは間違いないのも解る。
解るけど……
重くなる気持ちを引き摺るようにして辿り着いた先に、目当ての人の姿を見付けた私は、そっと細く息を吐き出した。
「檜佐木副隊長。上位席官の方々がお困りでいらっしゃいますよ」
草むらに寝転んで気持ち好さそうに目を瞑る、檜佐木副隊長にお声を掛ける。
今まで、近付く事さえ叶わなかった。
どんなに願っても、こんなに傍に来られる事なんてなかったのにと思えば皮肉なものだとも思う。
「……もう少し」
「ダメです。私も別の仕事が残ってるんです」
前に一度、言付けて先に帰ったら、檜佐木副隊長が戻られて居なかった事があった。
「檜佐木副隊長を置いて帰って、また呼びに来るのは嫌です」
瞬歩がまだ使えない私には、この距離はなかなかに大変だ。
「ちゃんと一緒に……」
「瞬歩ももう、嫌ですっ」
それに一度、時間が無いんですよと怒る私を何故か嬉しそうに見詰めた檜佐木副隊長に、あっと言う間も無く抱き抱えられたと思った瞬間、そのまま瞬歩で連れ帰られて放心した。
逢澤三席に檜佐木副隊長がガミガミと怒られている間中、恐怖の余り半泣きで抱き着いたままだったとか……
もう、あんな恥ずかしい思いはしたくない。
「残念」
そう言って口元を綻ばせる檜佐木副隊長にムゥッと頬を膨らませれば、益々嬉しそうに微笑うから。
怒っているのも莫迦ばかしくなって、溜め息を吐いて目を伏せた。
ザァッと風の渡る音がする。
風に乗って、微かに馨る花の甘い匂いが何処か懐かしくて胸に温かいものが広がって行く。
此の場所に来られるのは嬉しい……
だけど、目の前の人に遇いたく無くて、足は遠退いたままだった。
こんな形でまた来る事になるとは思わなかった。
今も心臓の音は煩くて、平気な振りで居るのが精一杯だ……。
「温ったかいんだよな」
「優しい、色ですよね……」
ゆっくりと身体を起こした檜佐木副隊長が目を細めるのにつられて、思わず口を吐いていた。
地平線が蒼く、白に透けるように滲む。
いつか見たような、優しい色をしていた。
私は……
好きだったんだ。
此処も、此の人も……。
此の人が好きだった――…
きっと今も、其れは変わらずに私の中に在って。
もしもこの先、他の誰かを好きになったとしても、其れだけは変わらないと思えた……。
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