▼ 03
就業後の隊舎の前で空を見上げた。
夕陽が瀞霊廷を紅く染め上げる、この時間が私は一番好きだと思う。
いつも行くあの場所が、本当は一番綺麗だと思うけれど、あの日以来足は遠退いたままだ。
振られた事を思い出すから
もしかすると逢ってしまうかも知れないから……
檜佐木副隊長は気にもしないだろうけれど、私にはまだ無理そうだと未だ痛む胸を押さえた。
「…………あ」
近付いて来た霊圧を感じて顔を上げれば、曲がり角から姿を現した阿散井副隊長が見えた。
あの日。
抱き留めてくれた阿散井副隊長に、とにかく一度食事にでもと誘われて、私は無意識の内にコクコクと頷いて居たらしい。
気付いた時には、『嘘みてぇ』と呟いた阿散井副隊長にぎゅうぎゅうに抱き締められて居て、今度は檜佐木副隊長に助け出されるまで真っ赤になって固まっていた。
『お前ら、知り合いだったんだな……』
終始困惑気味だった檜佐木副隊長は、迎えに来るからまた後でなと、阿散井副隊長が呼び出しに慌ただしく自隊に戻られるのを見送った後、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
『俺から、断ってもいいんだぞ』
私が困っていると気を遣って下さったのかも知れない。
檜佐木副隊長はそう言って下さった。
どうしようとは思っている
でも……。
『いえ、どうして私なんかにとは思いますが……』
隊長格の方の好意を無下にお断りするのも畏れ多い。
それに……
『折角のご紹介ですから……』
それを簡単にお断りするのも、檜佐木副隊長に失礼だろうと思った。
『四宮っ それは』
『大丈夫です。阿散井副隊長は優しい方でしたから……。それに一度お食事したら、やっぱり違ったと思われると思います』
そう云って笑えば、檜佐木副隊長がまた辛そうに顔を歪めた。
もしかしたら、私を思い出してくれたのかも知れないし、そうではないかも知れない。
気にしないで下さい……
そう云おうとして止めた。
それも余計な事に思えた。
その日、隊舎まで迎えに来てくれた阿散井副隊長は、食事を終えて寮に送り届けてくれるまで、幸せそうに笑ってくれていた。
気持ちを押し付けるような事はないのに、想いが伝わって来るようだった。
ダメだ……
阿散井副隊長は本気で想って下さっているんだと思ったら、今の私が傍に居たらいけないと思った。
『……また、誘う』
『あのっ』
『無理強いはしねぇから。……もう少しだけ、一緒に居てから返事をくれねぇか……』
でも、私は……
『……私は、好きな人に一月前に振られてしまって、だから……』
優しい阿散井副隊長に、縋ってしまわないとも言い切れない。
想いを間違えて、傷付けてしまうかも知れない。
そんな事は絶対にしたくない。
真っ直ぐな想いを伝えてくれる、この人には正直に告げたいと思ったのに……
『……俺は凄ぇ運がいいって事だろ』
『え………?』
『四宮を振った莫迦なヤツが居てくれた。だから一緒に居られる。泣きてぇ時は慰められる』
『ですから……』
『凄ぇ好き』
伸びて来た手が頬を撫でた。
私は、されるがままにした……。
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