修兵に、『紗也』と呼ばれるのが嬉しかった。
それだけで、自分の名前が特別になった気がした――…「檜佐木副隊長って、彼女居たの!?」
吃驚した女の子達の会話に苦笑いして、柱の陰に身を隠した。
とてもそうは見えないとか、一緒に居るところを見たことがないとか、乱菊さんが好きなんじゃないのとか……。
どれもが私を傷付けて、どれも致命傷にはなっていない。
恐らく、今ここで私が出て行っても、何の問題無いんだろうなと自嘲する。
彼女達は、私を
『檜佐木副隊長の彼女』を知らないんだから…。
紗也達が付き合ってる事を忘れそうになる私だって、忘れそうになってるよ……。
あれから二日経っていた。
つまり、誕生日はとっくに過ぎたと言う事で、来る事のなかった修兵は、朝まで飲んだ後そのままお昼まで眠って居たらしい。
らしい、と言うのは、そう人伝に聞いたから。
こんな事が少しずつ増えて行って、もう付き合っている意味も見出だせない。
もう別れたんじゃないの女の子達の会話が耳に木霊する……。
修兵がそれを望むなら、
私はそれで良いと
やっと思えそうだ。
気晴らしに書類配達をと思って申し出れば、射場副隊長が一瞬慌てた後で、何かに気付いたように難しい顔をして送り出してくれた。
籠りがちだった隊舎から出てみれば、珍しいなと同期や先輩達から声が掛かる。
そう言えば何でだった?
いつからか書類配達もしなくなっていた。席が上がったからだったか、何だったのか…。
もう色々な事を、私も忘れてしまったみたいだ。
けれど、多分どうでもいい理由だったんだろうと、深く考えるのも止めることにした。
見上げた空は澄んでいて、眩しさに手を翳したそこで、今朝修兵に貰った指輪を置いて来た事を思い出して、性懲りも無く悲鳴を上げた胸を鷲掴む。
付き合って直ぐの誕生日に貰ったそれは、だんだんサイズが合わなくなっていって、昨日はとうとう抜けてしまった。
私達みたいだなって思ったら、見ているのも辛くなって、落として完全に失くしてしまう前にと外して来た。
ずっと当たり前のように在った物が、失くなった途端、今まで意識せずにいた事が不思議なくらいの存在感で、失くした事を伝えて来る。
なんて、皮肉なものなんだろう……。
もう
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