四宮と別れて一週間。
相変わらず俺は四宮と居るし、
『大丈夫よ……』四宮の言ったあの言葉通り、何一つ変わらない関係に安心して、そして何故か胸が軋んだ。
「檜佐木?」
物も言わず、難しい顔で見遣る俺にどうしたのと問い掛ける。其の覗き込む仕草も表情もいつもと同じ。変わらない。俺の好きな四宮だった。
俺達が別れたと知っている奴等はどのくらいだろうか。其のくらい、付き合っても別れても、俺達は何も変わらないからだ……。
「檜佐木?本当に大丈夫?」
其れでも変わった事が一つだけ。
付き合っていた時に少しだけ、溢れ出るように伝わって来た四宮の想いが、其の瞳に映る事は無い。
好きだと告げてくれた時に見せた女の表情も、ほんの少し触れただけて首筋まで紅く色付くような……
っ……
刹那、走った痛みに胸を鷲掴む。時までが止まったような錯覚に目眩がした。
『四宮、』
『っ……』
『……あ、悪ぃ』
『う、ううん』
あの日……。細い資料庫の通路は、お互いに振り返った顔を触れさせる程に狭かった。
ごめんねと小さく呟いて、直ぐに躯を反転した四宮の俯いた項は、薄暗い資料庫でもそうと判る程に紅くて……
四宮は本当に俺を好きなんだなと、胸が小さく疼いた。
惹かれるままに口唇を寄せれば、ビク と揺れた躯に口角が上がって、外から掛かった担任の声に我に返るまで、震える細い躯を抱き締め続けていた……。
「
『檜佐木……?」
』「っ……」
今――…
真っ直ぐに俺を捉える、少しの躊躇いも無く手を伸ばす四宮はもう、こんなにも近い距離に戸惑う事も無い。
「何でも、無ぇよ……」
大丈夫だと振り払うように避ける俺の所作を気にする様子も無い。
其れは、
『ずっと好きだったの……』あの日の事なんて、無かったみたいに……。
「……るせぇよ……」
其れでも、其れが俺の望んだ結果だろうと、此の訳の分からねぇ感情を無理矢理振り払った。
「時間が有るなら今日は私達と遊ばない?」
「…………」
だから、と言う訳じゃ無かった。けれど、いつから様子を見ていたのか、遠慮も無く声を掛けて来た奴等の中に件の女を視認した俺は、少しの逡巡の後に肯定を返して居た。
深い意味なんてモノは無い。ソイツと居れば、もしかしたら何か答が見えるんじゃねぇかと思った。其れだけだ。
そんな俺の選択は、また直ぐに後悔となって押し寄せて来たけれど……。
何が楽しいのか分からない非生産的な会話に、クスクスとした仕草の媚びた笑い。
「檜佐木君と四宮さんとって、釣り合ってなかったよね」
其の言葉に神経が尖って、じゃあ誰となら釣り合ってるって言うんだよと頭の中が冷えて行った。
四宮と付き合う前の、此の女の何処が好いと思ったのか、自分の考えが全く理解出来なくて呆れる。
とうとう溜め息が溢れ出て、立ち上がろうとした瞬間、耳元で囁かれた台詞に無表情のまま肯首した。
「檜佐木君、何処行くのっ……?」
「は?帰んだよ」
『二人で抜けない?』と意味有り気に言ったコイツと場を脱け出して来た。別に其の後の事を考えてした行動じゃ無い。そんなものは、只の脱け出す為の口実だ。
え……と驚いているソイツの、腕に絡まった手を外して、今まで期待させる素振りを見せて来た俺も悪ぃよなと内心で謝った。
「待って!あの、私、は……檜佐木君が好きなの」
「……あー、悪ぃけど」
作り込まれた上目遣いも高めの声も。其の馴れた素振りも凄ぇウザい。
「お前、化粧濃いよな」
四宮は……と思う自分の気持ちももう分かっている。酷い……と茫然とするソイツに躊躇いも無く背を向けた。
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