「何で避けんの」
声を掛ける事すら儘ならない。気付けば姿を消している。そんな毎日が続いていた。
ゆっくりと、今度こそちゃんとと思った矢先。もう気のせいじゃない、四宮が俺を避けるようになっていた。
あの女達の……じゃねぇ。噂の火元はどうあれ、其れも全ては巡り巡って手前ぇのせいかと溜め息を圧し殺す。
予想通り、また一人資料室で雑用をこなして居た四宮は、俺の登場と、恐らく不機嫌が顕になっているだろう表情に酷く驚いた顔を見せた。
『何、とうとう自覚した?』
『……るせぇよ』
ふーんって顔で口角を上げる圭冴に罰悪く応えれば、ならさっさと捕まえて来いよと背中をぶっ叩かれた。
『言われなくても……』
こんなにも一緒に居なかった事は無い。
俺だってそろそろ限界で、四宮が足りてねぇのは間違いなかった。
「避けてなんか……」
「二人になろうとはしねぇだろ」
「…………」
そう言い募れば困ったように眉を垂らすから、其の無言の肯定に更にと顔が顰まった。
確かに四宮は俺を避けているつもりは無いんだろう。が、今、此の時だって、無意識にか向けられた視線は唯一の退路で、其れが面白く無くて視界を遮るように立って腕で囲った。
「何で……」
困惑顔の四宮に、もう一度と詰め寄って問い質せば、漸くと開かれた口から彼女に悪いと小さく洩れ出た。其れにぐっと言葉に詰まった。
「檜佐木が良くても、彼女が嫌だと思うよ……」
頭に過ったのはあの日の事で、やっぱりかよと歯噛みする。
「彼女じゃねぇよ」
だけどあれはそんなんじゃねぇ。あの日の、あれは莫迦な俺の……
「俺は……」
「気を遣ってくれなくても大丈夫だよ」
「だから、」
「檜佐木」
「…………」
「本当に……」
もう私の事は気にしないで良いからと微笑まれて、だからそうじゃねぇんだと感情を吐き出した。
あの日アイツに好きだと云われたって、何も感じない自分に驚いた。顔が好みだとか可愛いとか、そんな事じゃ気持ちは揺れねぇんだって。やっと……
『お前って……』本当、莫迦だろ……。
こんな簡単な事に気付け無ぇとか嘲笑えて来る。
「四宮が好きだ……」
「……私も。檜佐木が好きだよ」
「っ……」
俺は……。微笑って簡単に言えちまうような、そんな何でも無ぇような好きが欲しかった訳じゃ無い。況してや、
「俺はお前が好きだっつってんだろ」
「檜佐木の其れは……」
「同情でも無ければ、別に惜しくなった訳でも無ぇよ」
そんなもんで片付けられたい想いでも無ぇんだ。
「なぁ……」
「……檜佐木?」
「本当、過去の自分をぶん殴りてぇ……」
「…………え?」
どうしたら、俺のした間違いは消せるんだろうか。
どうしたら……
「檜佐、木…………」
あんなに、誰かに優しく触れた事なんて無かった。
「っ……、待っ…………」
今もそう。逃れようともがく躯を捕らえて、優しく、触れるだけのキスを繰り返す。間違い無く、今までで一番甘い口付けを落とした。
上手くも伝えられない、此の言葉に出来ない想いが伝われば良いと……。
「……っ、……」
高がキスなんて、俺にはただヤる前の儀式的なモンでしか無かった。
好きだから触れたいとか、少しも傷付けたく無ぇとか、こんな…… 感情が震えるような甘い、優しいモノなんて……
「好きだ……」
知らなかった。
「なぁ……、好きだ」
両手で頬を捉えて何度も何度もキスをした。情けない事に、此の至近距離に俺は四宮と目も合わせられずに、ただ好きだと告げるだけ。
「四宮……」
「…………うん」
「っ……」
ヤベぇ……
「檜佐木?」
「嬉し過ぎて死ぬ」
「…………」
「ふざけて無ぇよ」
もう一度、好きだとそっと頬を引き寄せたら、四宮が微笑んで頬を寄せてくれた。
其れがこんなにも嬉しいなんて、知らなかった。
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