「四宮知らねぇ?」
昼休みの始まった辺りからずっと姿の見えない四宮の所在を訊ねれば、何故だか呆れた溜め息で返された。
「…………お前って……」
「何だよ」
「何でも無ぇよ。つーか、お前が呼び出しを食らってる間に、また雑用を頼まれてたぞ」
くい、と指を差された先は恐らく資料庫で、また一人で面倒臭ぇ雑用をやってやがるんだろうと息を吐いた。
「……声掛けろよ」
ちょっと待って居てくれたならと舌打って、俺は其れが当たり前の事のように駆け出していた。
*
向かった資料室には、案の定、一人黙々と作業をする四宮の姿が在った。
足下には不安定な台が一つ。腕一杯に抱えた書物は其の小さい躯には重そうで、だから何で声を掛けねぇんだと息を吐いた。
「何で一人で行くんだよ」
「っ、檜佐木……?」
腕の中の資料を抜き取りながら憮然とした声で苦言を述べれば、如何にもな驚きの顔が此方を向くから面白く無い。今までずっと、こんな事は二人で遣って居ただろうと……
「……用事は、済んだの?」
「用事?……って、ああ」
あの女かと、旋毛しか記憶に無いさっき瞬殺した女の事を思い出した。四宮と付き合い出してからというもの、あの手の呼び出しは激減して居ただけに、其の煩わしさに嫌悪しただけ。
「気になんの?」
「………別に」
「ふーん」
少し拗ねたような声とキュッと閉じられた口唇に、先までの尖った気持ちなんてすっかり消えてしまうってんだから、現金過ぎる自分に笑える。照れたのか怒ったのか、何も話さない四宮と居る此の空間も、背後に感じる四宮の気配さえも愛しい物に感じた。
「四宮」
「何、っ……ごめ……」
「…………」
そろそろ……と、戻らねぇとと思って掛けた声。
名前を呼んで、ただお互い振り返っただけのはずの其れは、此の狭い空間故に触れる程に近かった。
ドクン と鳴ったのは俺の心臓の音だったのか。
慌てて背を向けて俯く四宮の髪間からは、紅く色付いた項が覗いて居て……
「檜佐、木……っ」
気付けば其処に、無意識に口唇を寄せていた。ビク と揺らいだ躯を優しく、壊さねぇようにと抱き寄せて、首筋を辿った。
震えているくせに、ギュッと掴まれた腕と逃げて行かない躯に胸が疼いて、思うまま、感情のままに手を伸ばした――…
「ヤベぇ……」
壁に背を凭れてズルズルとしゃがみ込む。間違いなく紅くなっているだろう顔を隠すように口元を手で覆った。
手を繋ぐ……?
なんて初歩的な事を吹っ飛ばして、四宮にっ……? 何を遣ってやがると思っても、思い出せば熱が再燃するだけ。
担任に声を掛けられるまで、ずっと……。
「本当、ヤベぇだろ……」
此のままじゃダメだと、警鐘が鳴っている気がした。
今まで、あんなに誰かに優しく触れた事は無い。
触れたい、と……
沸き上がった感情の名前を、俺は知らなかった。
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