『檜佐木がずっと好きだったの』
らしく無く。本当にらしく無く緊張に頬を染めて、今まで一度だって見た事も無ぇような顔でそう云ったのは、多分学院で俺が一番一緒に居る女、四宮紗也。
俺にとっては正に青天の霹靂。
もう何年も、其れこそ四六時中互いの一番近くに居て、一度足りともそう言う対象として見た事なんて無かった相手だった。
恋愛感情なんて無しに上手く付き合えていると思っていた俺は、優に数分は固まって居たんじゃねぇかと思う。
四宮が?俺を……?
そんな言葉が頭を廻るだけで、正直 何の生産性の有る事を考えて居たわけじゃねぇ。
俺には付き合ってはいないものの、好きな、と言うか気になる女が居て。多分、其の女も俺の事が好きで……。
そう言う意味で、四宮を好きかと訊かれれば答は否だ。じゃあ、嫌いかと訊かれてしまったら、残念な事に其れも答は決まっていた。
何で好きだなんて云うんだよ……。
じゃなけりゃ、俺達は今まで通り、ただ一緒に笑って居られたのにと、勝手な事を思って内心で舌打ちを咬ました。
『檜佐木、あのね……』
『俺も』
『え?』
『付き合うか』
『………………』
なのに、気付けば訳の解らない苛立ちや焦燥のままに口走っていたのは承諾を意味する言葉で、目を見開いた四宮が、そんな俺の差し出した手を凝視していた。
『何だよ』
何でそんな顔をしてんだよと。告白して来たのはお前だろうと眉間に皺が寄った。
『嫌なのかよ』
と少し不機嫌になった声で言えば、
『嫌……、じゃない、けど』
と苦笑して、宜しくお願いしますとそっと指先を触れる程度に握られた。
そうしたら、
『っ……』
触れられた指先から伝わる熱が、ジンと躯を痺れさせるような感覚を伝えて、其れが何だか気恥ずかしくて顔を背けた。
『……………から、………ね』
『四宮?』
其のせいで、聞きそびれてしまった微かに聴こえた声にもう一度と促せば、何でもないと微笑まれて、今度は其の嬉しそうな顔にズキズキと胸が痛んだ。
俺の最大の失敗は、あの日あの時。
差し出された四宮の手を取った事だ。
prev /
next