「隊を担う副隊長が……」
何をまたこんな所まで出張って来てるんですかと溜め息を吐かれる。
俺の顔を見た瞬間、どうやって此処に……と茫然と呟いた紗也さんは、瞬き一つで其の表情を切り替えた。
「直ぐに帰った方が良いですよ」
総隊長にどやされるよと苦笑した其の表情が、やっぱり何も変わらない、優しいものだった事に胸が締め付けられるように苦しくなった。
あの日、見せてくれたような女の表情は消えて、また先輩の顔に戻ってしまった事が勝手にも面白くねぇと思ってしまう。
「俺はっ……」
「正かまた、同情しに来た訳じゃ無いでしょう?」
違う、俺は……
そう告げようとしても叶わない。
俺の言葉をまるで聞きたくないとでも言うように紗也さんが遮った。
「大丈夫だから。莫迦な感情は捨てたから……。もう二度と云わないって、言ったでしょ」
っ―――…
俺を好きだと云ってくれた。
其の想いを莫迦な想いだと言わせてしまった。
其れは全て手前ぇのせいで、こんなに、胸を抉られるような痛みが在るのかと思い知った。
「…………、だ」
「修兵君?」
だから帰れと云われても、もう忘れるからと云われても、其れは嫌だと全霊で叫んでいた。
あんなに傷付けておきながら、やっと手前ぇの想いに気付いたからと勝手な想いを告げたいと願う、自分の浅ましさに辟易しても……
「帰りません。今日は、紗也さんが好きだって言いに来たんです」
憧れて、焦がれて、只管追い掛けて。
追い付く事に必死で、其れ以外の感情に気付けなかった。
今、紗也さんからの拒絶がこんなにも痛ぇ。
其の理由は一つしか無ぇだろ。
「俺が言っちまった事は消えねぇのは解ってます。だから信じて貰えるまで、傍から離れないんで」
今度は追い掛ける意味が違うけどなと内心で思って自嘲も洩れる。
好きだと身勝手な告白をした途端、苦い表情になっちまった事に背中にまで痛みが突き抜けるも、めげてる場合じゃねぇと今日二つ目の目的を告げた。
「だから持てる権限は全部使わせて貰ったんで……。三ヶ月後には九番隊っすから」
「………っ」
呆ける紗也さんてのも新鮮で、マジで可愛くてかなりクると惚けながら、宜しくお願いしますと腕を捕らえた。
こうしてちゃんと見詰めれば、自分が何れだけ紗也さんに惚れて居て、紗也さん一色に生きて来たかも良く見える。
なら、今までと何一つだって変わらねぇ。
一緒に居てくれるなら、何だって良いと思える。
逃げようとするなら、逃げられる前に捕まえてしまえば善いだけだ。
「私は……っ」
我に返った紗也さんが反論を試みるのを、今度は俺が阻止するように抱き締める。
「どうしても此の三ヶ月は譲れねぇみてぇなんで」
すんませんと謝れば、そうじゃない!と怒り出す。
あんなに遠い存在だった紗也さんが、俺の腕の中で真っ赤になって硬直したり暴れたり……。
そんな有り得ない事だって、信じられねぇけれど現実で……
「いつまででも待ちます」
まぁ、待ってるだけじゃねぇけど。
「俺はどうやら片想いでも十分幸せみたいなんで」
紗也さんの傍に居られるなら……
後百年くらい、どうって事無さそうだと思えた。
prev /
next