『紗也さ……』
『ごめん、本当に今日はもう帰ってくれるかな』
次に会ったら、ちゃんと笑うから……
『ごめんね』
あまりにもデカい衝撃に茫然と立ち尽くす。
そんな俺にくれた微笑みは、やっぱりいつもの優しい微笑みに見えてしまう。
阿散井さえ知っていて、本人からも乱菊さんからも伝えられなかった事実に、騰がった怒りのままに此処に来て。
云いたくなかったと言われた言葉に血が昇った俺が、紗也さんを傷付ける形で知ったのは思いも寄らなかった真実で。
次なんて、本当に在るのかよ……
今離したら、今度いつ会えるかなんて判らねぇだろと警鐘が鳴り響く。
其れでも……
『ごめんね』
もう一度 謝罪を口にした紗也さんに、掛けられる言葉なんて持ち合わせちゃ居なかった。
*
「私は其れで良かったと思うわよ」
「乱菊さん……?」
自然と向かってしまった十番隊で、足が貼り付いたように動けずに居た。
『此処じゃ目立ってしょうがないわよ』
そんな俺の霊圧に気付いてくれた乱菊さんが、溜め息と共に引き摺ったのはいつもの飲み屋だった。
「紗也だって、振られた事をどうとは思っていないわよ」
「振ってなんか……」
いねぇとは、もう言えなかった。
意図せずして出してしまった答えは酷く紗也さんを傷付けた。
だから其所は気にする必要は無いと言われても、更にモヤモヤした物が腹に溜まるばかりで不快感が増す。
「問題はね、何で行ったりしたのかよ」
何をノコノコと振った女の所になんか行ってんのよと、アンタは紗也を好きじゃないくせにと言われて、堪らず反論が口を吐く。
「そんな事はっ」
「そう言う事でしょ」
だから確認したわよねと、心底呆れたように云われた言葉は尤もかも知れねぇが、今日まで、本気で告白されたつもりも断ったつもりも無かったんだからしょうがねぇだろう。
「……何で教えてくれなかったんすか」
「紗也が嫌がったからに決まってんでしょ」
「っ……」
「何を今更、傷付いた顔なんてしてんのよ」
つったって、喉が焼けつくように痛む。
手前ぇは勝手に否定しておきながら、紗也さんがと聞かされただけで、殴られたような衝撃を感じやがる。
「別に構わないでしょ。アンタ迷惑そうに言ってたじゃない」
「其、れは……。院生ん時から、散々弄られてたんで……」
ぐっと詰まる俺に、ほら見なさいよと横目で見られて罰も悪くなる。
入学したての数ヵ月、右も左も判らねぇ俺の面倒を見てくれたのが紗也さんだった。
まだまだ細くて躯もデカくは無かった俺は、紗也さんには迷惑ばかり掛けてガキ扱いされて。
入隊してからだって扱いに大差は無くて、いつまで経っても追い付けない存在に変わりは無くて……。
修兵君が好きなんだけど……そんな対象として見た事なんて無かった。
見て貰えているなんて思いもしなかった。
想像すら憚られるような。
自分が、紗也さんの隣に立てるなんて思ってもいなかったんだ。
『好きだの何だの、そんな訳の解らねぇ事を言う前にっ……』
初めてだった。
あんなに傷付いた顔を見たのは……。
返事が欲しいと言った紗也さんに、今思い出しても有り得ねぇ、酷ぇ言葉を投げ付けちまった、あの時だって、しょうがないなって微笑ってくれる時の、いつもの優しい笑顔だったのに――…
「俺は、紗也さんと一緒に居たかっただけなんすよ」
いつか必ず認めて貰いたいと頑張って来た。
副隊長になって、追い付く事にただ必死で……
「紗也も、現世の任務が決まらなかったら云わなかったと思うわよ」
此の長い片想いを終わらせてから行きたいと言った。
帰って来た時に、修兵君の隣で誰かが微笑っていたら傍に居る事も出来ないし、好きだなんて二度と云えなくなっちゃうじゃないですか。
そんな風に言って、自嘲するように笑って……
「自分勝手な自分が厭になるって。アンタに否定されなくたって紗也はちゃんと……」
「否定するつもりじゃ、」
「同じよ」
否定したかった訳じゃ無かった。
からかわれていると、頭から決め付けていた。だからそんな事よりもっと、伝えるべき重要な事が有るだろうと叫んでいた。
黙って居なくなられるなんて、耐えられねぇと……
「今のアンタが何回 紗也の所に行ったって同じよ」
傷を抉るだけなら止めてちょうだいねと言う乱菊さんに、反論仕掛けては止めた。
「アンタの其の同情が、紗也が一番恐れてたものなんじゃないの?」
「同情なんかじゃ……」
無ぇって、自信を持って言えんのか……?
紗也さんを失くしたくないと想う気持ちが、同情なのかも判らねぇ。
アンタは紗也を好きじゃないんでしょ……って、ンなのっ……
好きじゃねぇ訳がねぇだろ。
「とにかく放って置くのが一番よ。あのコは大丈夫だから、此方に帰って来る頃には修兵の事なんて忘れて、イイ男でも捕まえて来るわよ」
「其、れはっ……」
嫌だとか思っちまう、身勝手な野郎は俺だ。
俺にそんな、権利は在りはしねぇのに……。
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