降り立った現世で、目的の人の霊圧を探った。
「見付けた」
深夜も深夜の此の時間。
二時の方向に止まった霊圧は交戦中では無い事を示して居て、ほっと安堵の息を吐く。
無事を確認した途端、また沸き上がりそうになる怒りを鎮めて、先ずは話をするべく宙を蹴った。
紗也さんは、ずっと様子がおかしかった。
だからどうか、何か理由が有って欲しいと願った……。
*
「何で、何も言わないで居なくなるんすか」
「修兵、君……?」
何でそんな大事な事をと顔を顰めれば、俺の突然の登場に驚いたままだった紗也さんが、溜め息と共に瞳を伏せた。
「何、溜め息なんて吐いてんすか」
「格好良いなと思って」
「何でそうやっていつも話を逸らかすんすか」
本当にこの人は……
どうしていつもこうなんだと溢れ出そうになる怒りを抑えるのに手一杯だ。
「こんな所まで来た理由は其れ……?」
「訊いてるのは俺です」
今日ばかりは逃がす気は無ぇんだと、はっきり解らせるように間合いを詰めれば、やっと観念した紗也さんが口を開いた。
「言わなかった事は謝る。けど……、言いたく無かったから」
「紗也さんっ」
言いたくねぇなんて、そんなガキみたいな理由で納得出来る訳も無ぇのにと知らず口調が強くなる。
話は其れだけだと。
副隊長が簡単にこんな所まで来てないでと、
まるで早く帰れと謂わんばかりに促される言葉に、思わず霊圧が上がり掛けては息を吐く。
「本気で言ってんすか……」
俺の低くなった声音に紗也さんが怯む事は無い。
目の前の紗也さんは、そんな俺を表情も変えずに見詰めるだけで……
「修兵君は、私の言う事なんて何も信じてなんて……」
「正かまた、あのふざけた話の続きじゃねぇっすよね」
「っ………」
何なんだと思った時にはもう、紗也さんの言葉を叫ぶように遮っていた。
本気で……
「ンなくだらねぇ理由で言ってんじゃねぇっすよね」
紗也さんの言う其の言葉に、何かがキレた音がした。
「……好きだとか、訳解んねぇふざけた事を云う前に、他に言うべき事が有んだろっ」
そんな莫迦げた事を云う言う前に、もっと!
話す事も、顔を見る事すら叶わなくなる。
そんな大事な事を伝えてさえ貰えねぇのかと思えば、必要無ぇと云われたようで虚しくなる。
遣り切れない想いを抑えるように握り締めた拳は、力を弛めるに至らなかった。
「そうだよ、ね……」
「紗也さん……?」
私はやっぱり、云うべきじゃなかった……
沈黙が落ちる中、現世特有のノイズに混じって聴こえた消え入るような声に、怒りでまともに見れて居なかった顔を確認して思わず瞠目した。
「紗也さっ……」
「もう、云わない。言うつもりも無かったけど……」
瞳に今にも溢れそうな涙を溜めて、見る見る歪められた表情に……
正か、と、有り得ねぇ事を思った。
紗也さんが……、本当に俺を?と一連の事の答えが一気に頭に廻って、もしかしたらの想いに厭な汗が伝う。
堪えきれずに溢れ落ちた涙に触れたくて、震えそうになる手をゆっくりと伸ばせば、振り払うように退けられて愕然とした。
「紗也、さん……?」
今まで一度だって経験した事の無い紗也さんからの拒絶が、其の正かが真実だと伝えて来ていた。
心臓が煩ぇ……
「何で来たのって云えば善かった?」
もう少しだけ、諦める時間が欲しかったのにと紗也さんが口唇を噛み締める。
「修兵君の前で、泣きたくなんてなかったのに」
「其、れって……」
修兵君を好きなんだけど……「次に会えたら、二度と莫迦な事は云わないから、安心してよ……」
返事を貰う以前の問題だとは思わなかった……
そう、まるで自嘲するかのように微笑う顔に、胸が締め付けられるように痛んだ。
「俺はっ……」
「ごめんね」
「紗也さっ……」
「だからね。そうやって同情されたく無かったんだよ……」
総身に感じる恐怖に、足が戦慄いた。
このまま、紗也さんが何処かへ消えてしまう気がした――…
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