別れたいと言った私に、修兵は酷く辛そうな顔をして理由を訊いた。
そんな顔をされた事に、少しだけ驚いたのは私だった。
だって理由は簡単で、私と修兵の好きの意味が違っただけ。
そんな事は、修兵が一番解っているはずだ。
誰にでも優しい修兵が嫌だった。
もっと修兵と二人で居たかった。
特別になれない私が嫌だった。
私が何を想っているか、解ってくれない修兵が嫌だった。
そんな我が儘ばかりな私も、嫌な事を嫌だと言えない私も、大嫌いだった。
それもこれも全部、私だけが修兵を好きだから。
こんな事を言ったら嫌われる。
厭なヤツだと思われる。
嫌われたくなくて、言いたい事を飲み込んで……。
私の想いは、友達だった頃より不自由になった。
私を好きじゃない修兵には、絶対に解らないものだったろう。
あの日、自分が修兵にとって他の誰とも変わらない存在だと知って、私は直ぐに修兵に終わりを告げた。
『修兵とは、友達に戻りたい』
只の友人だった時の方が楽しかったとか、上手く付き合えたとか。
熟と口をつく、そんな言葉は逃げの常套句でしかなくて、やっぱり私の本心では無かったけれど。
納得したのかしないのか、
『紗也が、そう言うなら……』
ずっと黙って話を聴いていた修兵がそれだけを云った。
友達に戻りたいなんて言っておきながら、もう戻るつもりも戻れるとも思っていなかったけれど。
元々が友達の延長線上だったからなのか、結局はその域を出ないままだったからなのか。
修兵は宣言通り友達の位置に戻っていた。
戸惑う私を他所に、『お前が言ったんだから責任持てよ』と良く解らない理屈を押し通し、変わらないままに居座った。
そんな何も変わらない修兵に、これ以上傷付かない為に別れたのにと、逆に傷付いたのは最初だけ……。
笑顔を貼り付けて友達の振りを続ける内に、傷は塞がるものだと知った。
『俺達、付き合わねぇ?』
少しの照れも何も無い、悪戯っぽい笑みで云われた言葉に頷いたのは、私が修兵を好きだったからで。
莫迦な私の脳は、修兵も私を好きなんだと都合良く解釈をして、それが単なる提案だったと気付けなかった。
やっぱり好きだったのは私だけだったと、別れて直ぐに思い知った事実は私を打ちのめすのに十分で……。
知らずに浮かれていた自分が恥ずかしくて、泣きたくなった。
私は始めから何も持っては居なかったのかと……
「聞いてるのかよっ」
「……ごめん。聞いて無かっ……」
グイ と顔を両手で取られて考えに耽っていたことに気付く。
いつの間にか乱菊さんまで居ないってどうなのと、自分に呆れる。
「何だよ」
「……ああ、えっと」
おまけに余計な事にまで気付いちゃったなぁと苦笑した。
修兵とは手を繋ぐくらいしかしなかった。
頬を取られて覗き込む。
こんなに近付いた事なんて付き合っていた時でも無かったと、出て来るのは苦笑いばかりだ。
あの頃の私なら恥ずかしいけど嬉しくて、色々な事を気にして紅くなったり蒼くなったり、破裂しそうな心臓と闘っていたかも知れないと……。
「平気なんだなと思って」
的を得ない私の言葉に、修兵が眉根を寄せるからまた笑える。
「……あの頃は、修兵が好き過ぎて大変だったなと思い出しただけ」
それにもう時効かなと微笑んで見せた。
私だけが修兵を好きだった。
それに気付けなくて、ただ焦がれては泣いた。
今、思い返しても恥ずかしくて情けない事ばかりだけれど、余計な我が儘を言って修兵を困らせる事だけはしなくて善かったと心底思う。
「ずっと、修兵も私を好きなんだって莫迦な勘違いをしてたから、我が儘な事ばかり想っ…て、 痛い痛い痛い痛いっ!!!」
ちょっと痛いんですけど、何すんのよっ!
「修兵っ 引っ張らない、で……」
……って、
「だから何するのよ……」
顔を捕らえていた両手で思いっきり頬を摘まんで引っ張った。
かと思ったら、だんだん近付いて来た修兵が、
「何でキスなんかするのよ……」
私に、キスをした……。
「今更……、何の嫌がらせよ」
やっと色々な事が平気になったのに。
胸も痛くない。
もう、必要以上に緊張もしない。
修兵を本当の友達に見られるようになった。
「やっと、修兵じゃない人を好きになれると思えたのにっ……」
「だからだろっ」
そんな事はさせねぇよ。
私を抱き締めた修兵が苦し気に吐き捨てる。
「今更、何を言って……」
「お前には今更でも!俺は、お前が好きなんだよ……」
ずっと……って、
「そんなの……」
「知らねぇのは、お前だけだ」
……知らないよ。
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