本当に、知らねぇのは紗也だけだ。
『俺達、付き合わねぇ?』
なんて、そんな簡単な想いじゃねぇのにと自嘲しながらも、殊更明るいノリで云ったのは、どんな形でも紗也を失わない為の予防線だった。
予想もして居なかったのか、俺の言葉に驚いた顔をした紗也が頷いてくれるまでの僅かな時が、俺には永遠に感じる程だったのは笑えない事実だ。
ずっと友達の振りで傍にいた。
警戒されないようにと少しずつ距離を縮めて、周りを巻き込んで。
そうしてやっと手に入れた紗也には、近付きたくても近付けない。
そんな状態が続いた。
いつも誰かしらと一緒だったから、何となく二人きりが嬉しいくせに落ち着かなくて。そんな俺の緊張が伝わるのか、紗也も何処か他人行儀に見えた。
微笑ってくれるのに安堵しては、もどかしい時間を過ごす。
だったらと、紗也の緊張を解してやろうと共通の友人であるソイツに、一時間だけと同席を頼んだのが五回目に出掛ける約束をした時。
此れで紗也も大丈夫だと信じきっていた俺は、紗也の表情が翳った事に気付けないままで、紗也に振られて暫く経つまで、其の理由にさえ気付けなかった。
呼び付けて頼み事までしたのに放置もどうなんだと、少しの間だからとソイツを優先した。
何故か俺の隣に座ったソイツを、少しの間だとやはり同じ理由で咎めずに過ごして。
一時間で抜けるはずの、いつまでも退席の兆しの無いソイツに焦れて、口を開こうとした時にはもう遅かったんだと後で知った。
『先にって……』
内心で焦る俺に微笑って、言いそびれてたと謝った。
『明日早いから私は先に帰るけど、二人はゆっくりして行ってね』
送ると立ち上がり掛けた俺を制して、大丈夫だと笑顔をつくる。
『少し酔ってるみたいだから送ってあげて』
ずっと楽しそうに微笑ってくれていた紗也が、最後は泣きそうな顔で苦笑した。
友達に戻りたいと言われたのは、其れから一週間も経った頃で、何となくそんな気がして俺が避けて居たからだ。
何故と往生際悪く訊いた理由は、嘘だと判っていて頷いた。
『友達に戻りたい』
なら、俺が離れなければ、まだ傍に居られると信じて……。
抱き締める腕の力を弛めるには至らず、強張ったままの躯を力任せに掻き抱いた。
「何年、経ったと……」
そう言う紗也の言葉は尤もで、今更と言われちまっても仕方がねぇ。が、
「嫌われたと思ってたんだよっ」
情けねぇ事に……。
だから、だったら。
もう一回、好きになって貰うしかねぇだろ?
「ずっと、他の野郎共を牽制して威圧して、お前の近くに寄らせねぇようにして来たっつーのに、今更……」
他の誰かにとられるなんて冗談じゃねぇと吐き捨てれば、腕の中の紗也が其の痩躯を揺らした。
離す訳無ぇだろと、逃げ出そうともがくのを許さずに居れば、諦めたように紗也がやっと其の力を抜いた。
「なあ……」
どうしたら俺のものになる?
どうしたら……
「もう一回、俺を見てくれる?」
もう一度、堕ちて来て。
其れで……
「さっきの、我が儘な想いってヤツを言ってくれ」
俺は、其れが聞きたいんだ……。
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