「十番隊、四宮です。書類をお持ちしました」
虚勢を張って、震えそうになる声を誤魔化した。
本当はまだ此処には来たくなかった。
まだ、会いたくない……
これが本音。
でも、少しでも強がって居たかった。情けない胸の傷みは笑顔で押し隠した。
いつものように任された配達書類は、直接檜佐木副隊長にお渡しするような物は無かったので、執務室の入口近くに居た方に渡した。
手渡す書類が有ったとしてもちゃんと副官室に行くつもりだったけれど、無いなら無いに越した事はない、と思う。
昨夜の女性死神達の姿が見えないことにもほっとした。
今はまだ、ちゃんと笑える自信がなかった。
こんな事は、檜佐木副隊長の知った事では無いんだけれど……
確認を待つ間にそっと霊圧を探れば、今は不在のそれに細く息を吐き出した。
普段ならがっかりするのにと苦笑いが洩れて、両掌に滲んだ汗が今の緊張を物語っていた。
九番隊の門を出た所で立ち止まると、酸素を思いっきり吸い込んでいた。
知らず、息を詰めていたらしい。
不在が良かったのか悪かったのか、
「嫌な事はさっさと済ませた方が良かったかな……」
「嫌な事って何?」
「……っ」
返るはずの無い声に躯が強張った。
振り返らなくても判る。
「檜佐木…副隊 長……」
普通にしようって、あんなに決めていたのに……
突然の事に上手く動揺を隠し切れない。
こんなにも振るえる声を止める術を持たない
私は……
資料室から戻ると、十番隊からの書類が重ねてあった。
もしやと問うた答えに心臓が跳ねて、慌ててその後を追った。
隊舎を出た直ぐの場所にその姿を捉えて瞬歩で寄れば、聴こえた言葉に性懲りも無く胸が軋んで、
「嫌な事って何?」
と口に付いて出ていた。
刹那に揺れた肩を見て、強張った表情に、解りたくもないのに理由が解って傷付くなんて。
そんな資格も無ぇのにと、沸き上がるのは後悔の念ばかりだ。
「昨夜は、悪かっ」
「あのっ!昨日は誘っていただいてありがとうございました!それから、折角誘って下さったのに、はぐれてしまってすみませんでした……」
言葉を制するように謝られて面食らう。
頭を下げたまま俯いた彼女の表情が見えなくて、胸の奥の不安を打ち消すように言葉を重ねた。
「あの後、無事に帰れたか…?」
一番知りたくて叶わなかった事。
「……え、と。外れの方まで流されてしまいまして…。花火も始まってしまったので、日番谷隊長お奨め場所に行って、見てました…。檜佐木副隊長は……」
皆さんとご覧になれましたか?
泣き出しそうな笑顔に胸が締め付けられる。
「違う」と、紡がれた誤解を解こうとしても直ぐに制される。
話なんて聴きたくないと暗に示された状況に、伸ばし掛けた手が止まった。
向けられた背中が、拒絶の意を示していた……。
遠ざかる。
けれど、此処で諦める訳にはいかねぇんだ。
気付けば、地面を蹴り上げていた。
小さくなった後ろ姿を追い掛ける。
呼び掛けて、振り向く前に腕に捕らえて伝令神機を手に取った。
驚いて瞠目したのが解ったけれど、構うものかと抱き込んだまま繋がった相手と会話する。
「乱菊さん?すんません、四宮借ります」
伝令神機の向こう側、何だか色々叫んでた言葉は全て無視して電源を落とす。
「檜佐木副隊長っ!?」
「悪い、ちょっと黙って…」
舌噛むぞ…と耳元で告げて瞬歩で飛んだ。
もう後悔はしたくない――…
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