押し潰されそうな程の人波を抉じ開けて進んだ。
ほんの少し進むのにも半端ない労力を遣って、吹き出る汗を乱暴に拭う。
夏の夜の纏わり付く熱がヤケに鬱陶しかった。
迎えに行けば良かったとこんなに後悔した事は無い。
今のこの最悪の状況に比べたら、どんな事だって些末な事に成り得ただろうにと……。
待ち合わせにしたのは、十番隊に顔を出したく無かったからだ。
いつも足繁く通ってる癖に何をと言われようが、今回ばかりはどうにも照れ臭くて。
今夜、告白をしようと決めていたから、その前に乱菊さんにぶち撒けられたりしたら……なんて、不安要素を少しでも減らしたかった。
今日だけはと仕事を早目に切り上げて、待ち合わせ場所に着いたのが十五分前。
柄にも無く緊張して、部屋を出る前にもした服装やらのチェックを繰り返す。
きっと、俺を見付けたら駆け寄ってくれる、そんな姿を想像しながら……。
「「「「檜佐木副隊長〜」」」」
声を掛けられたのはそんな時。
声の主は当然待ち人では無く、自隊の部下達の姿に舌打ちそうになった。
今夜は瀞霊廷を上げての花火大会で、殆どの奴等がそれに興じているだろう。
誰かに会う事くらい簡単に想像出来たはずなのに、浮かれて失念していた自分が恨めしい。
「待ち合わせですかぁ」
「ご一緒しても良いですかぁ」
無下には出来ないと思いつつも、待ち合わせの時間に近付くに連れ、間延びする話し方や無遠慮に触れて来る馴れ馴れしさに苛々が増した。
とにかく、ちゃっちゃと相手をしてしまって帰そうと思った矢先、タイミング悪く掛けられた声に今度こそ舌打ちが洩れた。
思っていた通り、人垣の中に俺を見付けて嬉しそうに駆け寄ってくれたと言うのに、俺の周りには女共がまるで侍るように取り巻いていて、その輪から一歩引いたように佇む四宮に声を掛ける事も出来ない。
今この状態で視線を向ければ、四宮の性格上、遠慮して帰ってしまうのは目に見えていたから……。
それだけはさせられないと必死で部下達の話に付き合った。
まだ其処に居てくれると、存在を確認しながら……。
速くなった行き交う人の流れに時間が押し迫った事を感じ、何とか話に区切りを付けて、やっとの思いで四宮を振り返った時だった。
「ぁ……」
と言う小さな声と共に瞬く間に四宮が人波に呑まれて消えた。
思えば、伸ばした手も届かない場所に彼女を放置していた自分。
時間は有に小半時を超えていて、自分から誘っておきながら、一言も言葉を交わす事なく姿を見失った現状に、厭な汗が背を伝った。
流される瞬間、捉えた彼女は、もう視線を此方には向けてさえ居なくて、自分の仕出かした事に怒りで震えた。
「もう見付かりませんよぉ」
「始まりますから、私達と行きま…」
「……っ」
四宮が流された方へと歩を進めた俺を制止する声と手を、今度こそ上げた霊圧と目線で黙らせる。
今更必死になったって、彼奴等の言うように見付けられないことは解っていた。
人波に逆らう事も、走る事も出来ない。こんな人混みで探れる霊圧なんて、解放した隊長格のそれくらいだろう。
探して、探して。
花火が始まっても今日の彼女の姿を必死に思い出して目を走らせて。
伝令神機の番号も、四宮の部屋も知らない自分が出来る事なんて限られていて。
どうか無事に部屋に戻って居てさえくれたら……と、十番隊の隊舎前にしゃがみ込んだのは、最後の花火なんて疾うの昔に闇に溶け込んだ後だった……。
肺が空になる程に深く息を吐き出して、のろのろと立ち上がって十番隊を後にした。
途中、立ち止まって振り返る。
思うのは、頬を真っ赤に染めて頷いてくれた彼女の笑顔だった。
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