嫌な予感というものは、当たって欲しく無い時に限って良く当たる。
合わされる事の無い視線。
一月ぶりに顔が見られた。
嬉しいはずの其の存在に緊張が走る。
『お忙しい中、大変申し訳有りませんが……』
お時間を戴けますか
嘗て無い程の固い口調には少しの甘さも含まれず。
何かに耐えるような表情に、全てを悟って強張る顔を抑えられなかった。
『無かった事にして下さい……』
人気の無い場所まで歩き着いて、告げられた案の定な別れの言葉に、気付かれないように握った拳に力を込めた。
だろうなとは解って居て尚、躊躇う事なく発せられた言葉の衝撃はデカかった。
喉がからからに渇いて貼り付いたような感覚に陥る。
解ったと、やっとの事で搾り出した一言は、情けないくらいに掠れて耳に響いて。
そのまま君に、届かなければ良いと思う程……
少しの逡巡も無く俺に背を向けた四宮に、伸ばし掛けた手を止めた。
これ以上
情けない様を晒したく無かった――…
浮いた話一つ聴いたことがない四宮が選ぶのは、一体どんなヤツだろうと思っていた。
ソイツが羨ましいと焦れた事も有る。
遠く離れた三番隊の彼女に偶然にでも逢う事なんて皆無だと解っていて。
それを作り出すのに何れだけ頑張ったかなんて、口にするのも恥ずかしい事実だ。
だから、その多くない偶然に、四宮に呼び止められて告白して貰えるなんて思いもしていなかった。
らしく無く緊張して、正直なんて返事したのかさえも憶えてねぇ。
恐らく、素っ気なく返してしまっただろう俺の言葉に、其れでも四宮は嬉しそうに笑ってくれた。
吉良の言っていた通り。
真っ赤な顔で一生懸命気持ちを伝えてくれる四宮を凄ぇ可愛いと惚けながら、けたたましく鳴りやがる心音を気取られないようにするのが精一杯だった。
それからは一週間に数回、遠慮がちに連絡を貰えるようになった。
何となく気恥ずかしくて。
直ぐに連絡するのはどうなんだとか。ガッついてると思われたく無くて躊躇して居れば、決まって四宮からの着信が鳴った。
その繰り返しの中で、それが俺の中で当たり前になってしまっていた。
浮かれて、居たんだ……
四宮の様子がおかしいと気付いた時には、その声で、表情で、全身で俺を好きだと云ってくれていた四宮が、少しずつ何処か遠慮がちな態度に変わっていた。
何か有ったかと懸念する内に、好きだった笑顔はどんどん翳って。
そうして一ヶ月も経つ頃には、どんなに空いても一週間に一度はくれていた連絡が途絶えていた。
その、理由を考え出したらキリが無くて、胸に冷たいモノが流れた。
この一ヶ月。
鳴らないままの伝令神機は、もしかしたらの不安要素しか語らなかった。
四宮もあんな気持ちで鳴らない連絡を待って居たんだろうかと、今はもう後悔しか浮かばねぇ。
おかしいと、気付いた時に直ぐに連絡をすれば良かった。
違う。
会いに、行けば良かったんだ……。
「だから簡単ですよ。別れたくないと言いに行けば善いんですから」
「……んなカッコ悪い真似が出来るかよ」
あの、四宮相手に……
其れこそ、今度こそ呆れられた上に嫌われちまうだろうが……
「解ってませんよね」
「あ?」
何だよと目を遣れば、思いがけず強い視線が向いて居た。
「格好悪いとか嫌われたくないとか言って、このまま思った事を云わないでいると言うことは、失くす、と言うことです」
もう檜佐木さんのモノでは無いんですよと……。
解っ、た――…そう返した時点で、四宮はもう俺のモノじゃない。
そんな簡単な事にも気付け無い程、一杯一杯だったとか笑えねぇ。
この抑え切れない独占欲もみっともねぇ嫉妬も。
其れは、傍に四宮が在ってこそなんだと――…
「このまま別れたら、檜佐木さん、絶対に後悔しますよ。絶対に、です」
そんな後悔なら、もうずっとしている。
「僕、言いましたよね。四宮君は、見た目を裏切った可愛い人だって」
泣いてましたよ
「僕に抱き着いて」
「っ…………」
ガタッと椅子をぶっ倒して立ち上がった俺に
「だからさっさと行かないと本当に後悔しますよ。正か気付いて無い訳じゃないですよね。さっきから霊圧が痛いんですけど……」
僕に当たらないで下さい。
そう言って吉良が、今日一番の溜め息をくれた。
prev /
next