いつも君に触れる理由を探していた。
手が冷たいから
逸れるから
そんな理由を探しては、本音を隠してばかりいた。
ただ手を繋ぎたい、温めてやりたいと伝えれば良かった。
差し出した俺の手を、紗也はいつも幸せそうに握り返してくれたのに……。
『別れたい』
その言葉を聴いた瞬間、鈍器で殴られたような気がした。
冗談じゃないと云う紗也の瞳は、色を宿してはいなかった。
昨日、人混みを抜けて振り向いた時には紗也の姿が消えていた。
瞬間、目を向けたのは己の手。
ギリッ と音が鳴る程に奥歯を噛み締めて、俺は人波の中に駆け出していた。
探しても探しても、見付からない紗也の姿に厭な汗が伝う。
部屋にも戻らない。
霊圧も感じられない。
俺は、その理由を知っていたはずだ――…
*
紗也は阿散井の彼女なんだと思っていた。
だから何度も諦めて、自分に言い聞かせて来た。
四宮は、ダメだと……。
諦める切っ掛けという訳でも無かったが、紗也じゃねぇなら誰でも同じだと、適当に告白して来た女に諾意を返した。
そろそろ潮時だと思った、そんな時だった。
『先輩、彼女出来たんすね……』
『お前ぇにも居るだろうが……』
『………誰っすか、それ』
誰って……。
お前は人の傷口に塩塗ってんじゃねぇよと眉間に皺が寄る。
『四宮だろ』
『…………………………………はぁあああっ!?』
固まり過ぎだろってくらいに固まった阿散井が、そんな恐ろしい勘違いは止めて下さいよと叫んでいる。
『四宮に失礼な事言うな』
『そう言う意味じゃ…って、俺に失礼じゃねぇっすかっ』
吼える阿散井になんて構ってられなかった。
四宮が阿散井の彼女じゃねぇ……なら、俺はもう……
『紗也が好きなのは檜佐木さんっすよ。それで紹介しようと思ってたんすけど。先輩、彼女が出来たんすよね?だから聴かなかった事にし……』
『はぁっ!?』
『うわっ!!!声がデケぇっ!!!』
『…………』
俺は―――…
阿散井から話を聴いた後、直ぐに付き合っていた女とは別れた。
だからと言って、直ぐ紗也に伝える訳にはいかねぇと、焦れる気持ちは抑え込んだ。
まだダメだと、解っていたんだ……。
残業後に飯でも食って帰るかと偶々寄った店で、阿散井と紗也を見付けて心臓が音を立てた。
今まで接点も見出だせ無かったっつーのにと思う程のタイミングの良さに目眩を覚える程だ。
一人ならと同席を勧められて、向かい合わせに座って居る二人に逡巡すれば、
『狭いのは嫌っすよ』
何で野郎同士でくっ付いて座らねぇとなんねぇんすかと言って、阿散井に差されたのは紗也の隣り。
直ぐに座ってしまえば良かったのに、俺の躊躇いを感じ取った紗也が阿散井の隣に移動しようとするのを慌てて留めた。
思わず掴んだ手があの日と同じ熱を伝えて来て、情けねぇ程に心が震えた。
ずっと、院生の時から好きだった紗也が目の前に居る。
俺のカッコ悪いところを好きだと言ってくれた、あの日のままの紗也が……
それだけでもう、今まで抑えて来た想いが溢れ出しそうだった。
『檜佐木副隊長……』
帰り道だからと理由を付けて、隊舎までの道を辿っていた時だった。
『ずっと、好きでした』
並んで歩いていた四宮に目を向けた刹那、告げられた言葉に瞠目した。
俺が莫迦だったせいで……
そう思ったら言葉に詰まった。
返事なんてまるで期待していないような微笑みを向けて、ただ一礼をして去って行く四宮を茫然と見送った。
ゆっくりと遠ざかる背は、俺の何をも望んでいなかった……のに……
『どう、して……』
気持ちが抑えられなかった。
彼女の存在を知っていただろう四宮の言葉は尤もで、まだ資格は無いと解っていても……。
『四宮が好きだからだろ……』
ずっと、焦がれて来た。
今を逃したら、二度と触れられない気がした……。
嘘じゃない。
絶対に大事にするから。
『俺の、傍にいて……』
あの日の想いに嘘は無ぇ、のに、何を泣かせてやがると自分に怒りが沸き上がる。
それでも、結局は全て自分の蒔いた種だと、もう一度紗也に会う前にと謝罪に向かった。
今更でも、俺の仕出かした酷ぇ仕打ちを謝りたかった。
「もう、気にしてませんから」
呆れたように云う彼女に頭を下げた時、莫迦みたいに揺れた阿散井の霊圧を感じて振り返った、其処に……
「紗也……?」
これでもかと追い打ちを掛けられるような間の悪さに茫然となる。
視線の先、
あの日と同じ何も期待していない瞳で、紗也が微笑った……。
prev /
next