修兵短編 壱 | ナノ


03

ずっと、彼女を作る事の無かった檜佐木副隊長に彼女が出来たと言う噂は、その人気も手伝ってか、瞬く間に瀞霊廷内に広まっていた。

覚悟をしていたはずの其の現実に、片想いでも胸が押し潰されそうな程に痛んだ。

そんな元気の無い私を気にして、恋次が食事に連れ出してくれていた。

運が良かったのか悪かったのか。

其処に一人で入って来たのは、もうずっと、話し掛ける事すら儘ならなかった修兵だった。

一人なら一緒にと恋次が同席を勧めるのを、内心パニックになりそうな心臓を鎮めながら聴いた。

狭いのは嫌だと言う恋次に促されて、私の隣に座った修兵の近さに、微かに触れる熱に目眩がしそうだった……。


一回生の時に、たった一度だけ話した事が有る。

修兵は憶えてもいないだろう、ただそれだけの事で、ずっと引き摺り続けて来た想いが、思いがけず触れた熱のせいで……
溢れ出して止まらなくなっていた。

もう、全部吐き出して、終わりにしようと思ったんだ。


『檜佐木副隊長……』


方向が同じだからと隊舎まで送ってくれた帰り道の途中、今日しかないと震える声を振り絞った。


『ずっと、好きでした』


それだけを告げて、目を見開いていた檜佐木副隊長に一礼をして踵を返した。

きっと、こんな告白は慣れて居るだろうから、聴き流してくれたらいい


そう願った。


姿を見られただけで一日が幸せだった。
もう、目で追う事もない。

これでもう、何の期待も無いんだと……。

走り去る必要もないといつものように歩きながら、長かった片想いの終わりを思った……はずだった。

のに、


『……っ どう、して、追い掛けて来るんですか……っ』


捕まれた腕に伝わる熱と、間違えようのない霊圧に涙が溢れた。
放って置いてくれたら良かったのに、優しくなんてしてくれなくていいのに。


『どうしてって……、俺が四宮を好きだからだろ……っ』

『嘘、だ……』


だって、彼女、は……?

そう、顔に出て居たんだろう。


『嘘じゃねぇ……。嘘なんかじゃねぇ、から。四宮が好きだから。俺の……』


傍にいて……


辛そうに顔を歪めた檜佐木副隊長が、まるで懇願するように私をキツく抱き締めた。

彼女とは、別れていたんだと後で知った……。



修兵が、彼女と別れた理由は知らない。

私と付き合ってからも、ずっと彼女を気にしていたのを知っていた、のに……


頷いたのは私で、傍に居る事を選んだのも私だ――…


ずっと好きだった。

だから私は、沢山の事から目を逸らしてしまったのかも知れない。


「……そろそろ、戻るぞ」


と、当たり前のように取られた手を見詰めた。

黙り込んだ私を、まるで子供にするように撫でていた恋次の大きな手は、私に触れるのを躊躇ったりはしない。

理由も、要らない。

付き合っていたって、手を繋ぐ事なんて滅多になかった修兵とは違う。

修兵はいつも……

急ぐから
逸れるから

手が、冷たいから……

そんな理由でもないと、手を繋いでくれる事はなかった。

だから私は、人混みを歩くのが好きになった。
大嫌いだった自分の冷たい手が、その時だけは愛しいものに思えた。


「紗也……?」


訝しげに問われて、思わず入ってしまっていた力を誤魔化すように笑った。


「そろそろって、無理矢理連れて来たのは恋次でしょ」


詰めていたらしい息を吐き出して、俯いたまま態と呆れた風を装おって云えば、恋次がまたぐしゃぐしゃと頭を撫でた。

戦慄きそうになる口唇をキュッと噛み締めれば、指先を包み込むように握り直してくれた。


「……相っ変わらず、冷てぇ手だな」


さっぱり温まんねぇぞと眉を顰められて、未だ冷えきったままの手に驚いた。

いつもなら直ぐに温かくなってしまうのに。
直ぐに温かくなってしまう手を、残念に思っていたの、に……


何だ、そうか……


そんな簡単な事だったのかと苦笑いが洩れる。


「…………なきゃ……」

「紗也……?」

「修兵じゃないと、ダメみたいだ……」


私の手は、莫迦みたいに正直だったらしい。


「修兵じゃないと……」


温かくならない。

昨日からずっと……
私の手は、欲しい温もりを知っていた。

後悔しないなんて嘘だ。

修兵の手を取ったあの日から、私は、後悔ばかりしている。

今も、修兵の手を離した事を後悔している……。


『何でいつもこんなに冷てぇんだよっ』


そう言って繋いでくれる、修兵の温かい手が好きだった。

離れてしまった手は
昨日から、冷えきったままだ……。


「泣くくらいなら、行け」

「もう、遅い……」

「遅く無ぇよっ」

「遅い、みたいだよ……」


私の視線の向こう、振り向いた恋次が固まった。

修兵が、彼女と歩いていた……。




莫迦恋次が霊圧を揺らしたせいで、気付かれちゃったじゃない……。


通りの向こう側、修兵までが固まって居るのが見えて、私は微笑って踵を返した。


大丈夫。


別れを告げたのは私なんだから、もう修兵が気にする必要はないんだと、ちゃんと伝わっただろうか……。





prev / next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -