修兵短編 壱 | ナノ


01

繋いでいた手は、振り払うように離されていた。

所在を失くした手を、私は莫迦みたいに見詰め続けた。

この手の中に在ったはずのモノが、一瞬で消えた気がした……。





「紗也っ!お前、檜佐木さんと別れたって本当かよっ!!!」


穏やかな陽射しが降り注ぐ昼下がり。

他隊の執務室だって言うのに、けたたましい足音を立てて駆け込んで来たのは、霊術院からの腐れ縁が続いている恋次だ。


「恋次……、声が大きい」

「お前ぇがデカくさせてんだよっ!」


そんな理不尽な……


ちょっとお借りします!
と言って、ぐいぐい人の手を掴んで引っ張って行くし、助けを求めようとした京楽隊長以下諸先輩方は……

どうやら恋次の味方らしい。


何故だ。


今日の昼休みに修兵と別れた。
あれからたったの一時間強……

人の口って恐ろしい。


「で?」

でって、言われても困るんだけど……。


「何で別れたんだよっ」


まだ間に合う、今からでも行って訂正して来いって、恋次には関係無いでしょうっ


「だって……」

「だって何だよ」

「やっぱり無理だった」

「何がっ!?」

「……ちょっと、言いたくない」


多分、話したら泣いてしまう。口にするのはまだキツい。


「修へ…、檜佐木副隊長には、私なんかじゃダメだったんだって、覚っただけだから」


あれだけ一緒に居て今更だろって煩いよ。

まだたったの数ヶ月。
傷だって浅いはずだ……。


「それを決めんのはお前じゃねぇだろ」

「そうだね……」


それを決めるのは修兵で、昨日それを、修兵もよく解ったはずだ。


私じゃないんだと……。




昨日は修兵と一緒に出掛けていた。

混んでいるからと差し出された手は温かくて、滅多に繋がれる事のないその手を私はずっと見詰めていた。

手の中に在る温もりが、幸せだと思えた。


『紗也、悪い。ちょっと……』


繋いでいた手を払うように離して、修兵が私から離れて行ったのは突然で。

私は、一瞬何が起こったのかさえ理解出来ずに、茫然と立ち尽くしてしまった。


『修兵……?』


と視線を追った先には、修兵の前の彼女……。


『どうして……』


離された手を見詰めたまま、思わず溢れた呟きに自嘲が洩れた。


どうしてって、そんなの……


私と一緒に居るところを見られたく無いからだ。

修兵は少し経って戻った後も、ずっと彼女を気にしているのが解る程に動揺していた。

落ち着かない様子で、まるで彼女の存在を探すように辺りを見回して。

何をそんなに慌てているのか……

振り返らない背中は、私の存在を忘れてしまったかのように、遠ざかって行った……。


『修、兵……』


届かない声が、人波に消えた。

離された手が、繋がれる事も無かった……。





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