「…………」
未だ嘗て、コイツのこんな顔を見た事が有っただろうか……。
苦虫を噛み潰したような、怒りとも憤りともつかない表情で、明らかな不快感をぶつけて来る。
「悪ぃな、阿散井」
もう気持ちは決まっちまってる。
変わる気も変える気も無ぇんだ。
は――… と、溜め息を吐いた阿散井の云いたい事なんざ百も承知で。
其れでも、此ればかりは退く訳には行かなかった。
「俺は、反対っす」
「だろうな……」
「だったら!……だったら、何で一緒に住むなんて……。紗也は了承したんすかっ」
「四宮には言ってねぇよ」
「紗也は縦には振らねぇっすよ」
「振らせる」
「先輩っ!」
絶対に。
否とは言わせねぇ。
まだ喰って掛かる阿散井の前に必要書類を置いて立ち上がる。
納得なんて全然してねぇだろうが、俺も譲る気は一切無ぇ。
「……紗也、は!先輩を選ばないっす」
「だから!…………選ばせんだよ」
其れが、今なんだ……
*
「今日はまた何なんですか?」
顔を出したまま、何も言わずにただじっと自分を見詰める俺に居心地が悪いのか四宮が口を尖らせる。
コイツは全く、質が悪いと思う。
四宮が俺を好きだと云った。
そうして、お前が好きだと云う俺には忘れろと無茶を言う。
ならば……
俺にも好きにする権利が有んだろ。
『痛い、です……』
『誰のせいだよ……っ』
忘れて下さいと云う四宮が消えてしまう気がして、知らず込もっていた腕の力に、困ったような微笑みを見せた。
『俺の気持ちは、無視かよ』
『…………』
『俺はっ』
『四宮紗也が好きなんですよね』
だったらもう少し待ってみて下さいと、四宮は少し淋しそうな微笑を浮かべた。
『一生、このままって訳ではないでしょうから。それからでも……』
『遅ぇよ……』
其れじゃあダメなんだ。
今じゃねぇと、ダメなんだ……。
「退院したら、お前は俺と一緒に住むからな」
「…………は?」
「お前に拒否権は無ぇよ」
書類の提出も済ませておいたから安心しろよと。
今日の用は其れだけだと立ち上がれば、四宮が初めて俺を引き止めた。
「帰って欲しく無ぇとか?」
「違います!私はっ……
………っな、に、するんですか」
「まだしてねぇだろ」
「………………」
寸でで避けた四宮が『絶句』ってこんな感じだよなって顔で俺を見る。
その顔が、もう有り得ねぇくらい真っ赤に染まって居て、莫迦みたいに可愛いから本当に参る。
絶対に気付いちゃ居ねぇだろうが、ちゃんと避けられるようにやったんだっつの。
本気でやって、俺が、
お前を逃がす訳がねぇだろう……。
「とにかく、退院の日は迎えに来るから」
「とにかくって、接続語がおかしいですよね!」
「取り敢えず諦めろ」
「だから!」
「絶対に何もしねぇから」
「こんなに信用に欠ける言葉を聞いたのは初めてです!」
……こんな。
下らねぇ遣り取りが嬉しいんだと、莫迦みたいに主張しやがる胸の痛みに内心で苦笑する。
「四宮」
「何ですかっ」
「好きだ……」
「…………」
此れだけは否定しねぇで居てくれる
今は其れだけで十分なんだと、どうしたら伝わるだろうか……。
追い出されるように後にした病室をいつまでも見詰め続けた。
「なぁ……」
どうしたら、手に入る?
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