「どうかされましたか?」
また次の日に訪ねた四宮の病室には、侵入を拒む面会謝絶の札が下がっていた。
そこまでして、かよ――…
茫然とした想いで病室の前に立ち尽くす俺に、話し掛けて来たのは山田だった。
「何でも、無ぇよ……」
罰悪く目を逸らして、踵を返して立ち止まる。
我ながら往生際が悪いと自嘲が洩れた。
「具合……、好くねぇのか?」
「紗也さんですか?いえ。だんだん傷も好くなって、お元気そうで……、檜佐木副隊長?」
訊ねておきながら悪いとは思っても、最後まで聞いて居られなかった。
来ないで下さい――…あの面会謝絶の札は、俺に対する無言の拒絶なんだろう……。
「……四宮は、どうなんだよ」
四宮の所に顔を出さなくなって一週間程が経っていた。
ケガの具合から行けば、そろそろ退院出来る頃だろうと書類を持って来た阿散井に訊ねる。
記憶が戻ったと言う話も聞かねぇ。
今どうしているのかと何も手に付かねぇくらいに気になって。
ケガさせちまった責任が有るだろうと四番隊まで足を向けては、拒絶された事実にらしくなく足がすくんで引き返す事の繰り返し。
顔が見たい、会って話がしたいと焦れる想いには目を逸らした。
「…………」
「何だよ、心配しちゃ悪ぃのかよ」
これでも責任感じてんだよと、何も言わずに訝しげな視線を寄越す阿散井に誤魔化すように告げる。
「……責任っすか」
「あ?」
「いや……。ケガは、完治に近いっす」
そろそろ退院して、隊務にも復帰する予定だと言う言葉に安堵する。
「そうか……」
「問題は、何処に帰すか、っすね」
「………何処に?」
そんな事の何に問題がと顔にでも出ていたのか、阿散井が溜め息を吐く。
「自室ったって、記憶が無きゃ他人の部屋に等しいじゃねぇっすか。それに……」
それにと告げられた内容を聴き終えると同時に、俺は副官室を飛び出していた。
記憶が無ぇって事は、紗也にとったら周りは全員、知らねぇ奴等っすよ。
気疲れして倒れちまう前に、面会謝絶にさせました。莫迦だ――…
どうして俺は、莫迦な事ばかりをこうも繰り返しちまうのか。
四宮は言うべき事を誤魔化して、自分を守ったりしねぇ。
あんな物で自分を守るような事も、意味も無く他者を拒むような真似も、しねぇ。
『後、紗也からの伝言す』
もう一度――…
「何、やってんだよ……っ」
開けっ放しの窓を四宮の背後から手を伸ばして閉める。
そのまま抱き込んだ躰の冷たさに眉間に皺が寄った。
動ける迄に回復した姿に安堵して、冷気に身を晒す行為には血が上る。
何を外に出ようとしてやがる……
「傷に障んだろうが」
「………躰が、鈍りそうだったので。そんな事より」
「そんな事じゃねぇよ」
「そんな事です。其れより、何で、来たんですか……」
低くなる俺の声に怯む事もなく四宮が言い放つ言葉に、今更…… と言われた気がして言葉に詰まった。
「……見舞いに来なくて悪かっ」
「来ないで下さいと言ったのは私ですが」
「違ぇよ……」
言われたから来なかったんじゃねぇ。
「四宮の、俺への拒絶だと思った……」
勝手に思い込んで、その拒絶が怖かったなんて、情けねぇ理由を口にするのもキツい。
けれど、俺は……。
「お前が、呼んだんだろ」
以前に云ってくれた言葉が未だ有効なら、もう一度だけ病室に来て下さい……「だから言ってるんです。何で、来たんですか……」
そう言って苦笑する、硝子越しに映る四宮の表情に、言い知れない不安が募って行く。
「四宮……」
「私は、檜佐木副隊長が好きみたいです」
この一週間、ずっと考えていたんですけど……。
好きだと言いながら泣き出しそうな顔をする。
触れているのに、今にも四宮が消えてしまいそうで、抱く腕が震えた。
「来ないで欲しいと言いながら、会えるのが嬉しかったんです。来てくれるのを、楽しみにしてしまっている私がいた」
「俺はっ」
「だから、」
「…………」
だから、何だよ……。
「もう、関わらないで下さい。私は、貴方の好きな四宮紗也じゃない」
私は、いつか消えてしまうから。
「今、降り頻る雪よりも質が悪い」
この想いは、何処にも残らないから……。prev /
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