今度は俺が紗也を守れた。
大きく見開いた瞳に涙を一杯に溜めて、紗也が何かを叫んでいる。
それがこんなにも幸せだなんて思わなかった……。
鈍い全身の痛みで目を覚ませば、ボヤける視界に映る人影を見付けて、それが紗也だったら良いとぼんやりと思った。
「檜佐木副隊長……?」
微睡む思考に紗也の声が届いて一気に覚醒するが、今の状況を把握して溜め息が洩れた。
「自分の生命力にムカつくな」
「何を言って……」
「罪悪感。……感じて、傍に居てくれたかも知れねぇだろ」
目を見開く紗也に苦笑いして見せる。
悪いが本気で言ってんだ。
「条件反射じゃねぇよ。
守りたかったんだ、俺が」
そう言って握り締めた手に力を籠めれば、紗也の表情が歪んだ。
俺は…と言い掛けた言葉を、聴きたくないとばかりに押さえられる。
振り解くのもままならない状況故に目で抗議すれば、苦笑いした紗也が掴んでいた俺の手をそっと外して距離を取って行く。それに無性に不安を感じて掌を握り締めた。
今度こそ忘れて下さいと、悲痛な声音で紗也が哭いている。
痛みに軋む身体に、この野郎と歯を喰い縛る。
云い終えて出て行こうとする細い躯を力銑で捕らえた。
同情なんかじゃねぇって何回言わすんだよ。
罪悪感で一緒に居た訳じゃねぇって言ってんだろうが。
ギリギリと抱き締める腕に、加減をしてやる余裕も無い。
そんな状態のお前に付け込んだのは俺だ。
俺は――…
チャンスだと思ったんだ。
傍に居られる。
それが例え、刹那の夢だとしても……。
*
何も解っちゃ居なかった俺が、紗也を『十一番隊で席官を張る女』って思っていたのは確かだ。
酷ぇことも言ってた気がする。
阿散井が何を言っても適当にあしらって、顔を見たこともなかった。
六番隊に異隊が決まった阿散井が、一緒に連れて行くと聴いて興味が湧いた。
信頼する部下なんだと。
初めて覗いた十一番隊の道場で、紗也を見た時の衝撃は今も忘れられない。
華奢な躯付きで、とても戦闘タイプには見えないのに、手加減を知らねぇ上位陣にも怯む事なく向かって行く。吹っ飛ばされても泣き言も言わねぇ。
一本取って、揉みくちゃにされて嬉しそうに笑う。
その笑顔が綺麗だった…。
それからは頻繁に六番隊に顔を出して話し掛けた。
今までの自分が無かったことになる訳じゃねぇが、少しでも近付きたかった。
まるで相手にされない日々に消沈し掛けた頃。
討伐で部下を庇った俺と虚の間に立ち塞がった細い背を見て血の気が退いた。
俺を嫌っている彼女が何故……
落下する紗也を地面スレスレで掴まえて、四番隊に駆け込んだ。
目覚めた君は
記憶を失くしていた――…
君を手に入れる
最初で最後のチャンスだと――…
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