十一番隊隊舎を出た所で、最近見慣れた後ろ姿を確認して溜め息を吐いた。
少しずつ近付いて行けば、私の霊圧を感じたらしい袖の無い死覇装が此方を振り返る。
「檜佐木、副隊長……」
またいつものように始まるのかと思ったふざけた口上は無く、本当に何か用事かと目を向けたのは、怒りの霊圧を纏った檜佐木副隊長が居たからで……
「あの……?」
「顔にも、何処にも、傷は作んなっつったよな」
……そんなことか。
真剣に怒っているから何事かと思った。
それにそれは……
「私に言った訳じゃないですよね」
「なら、もう一回言う。顔にも躯にも、傷は作るな」
「……無理です」
「何回も同じ返答をすんじゃねぇ」
「初めてです」
「何十回も聴いてんだよっ」
誰に…って、私か。
「……だから。紗也は紗也で、同じなんだよ」
それじゃダメなのか……
檜佐木副隊長は、いつも真っ直ぐに向かって来る。それは、あの日に見た挑む瞳そのものだけれど……。
「……少し、お話をしませんか?」
「の前に、その傷の治療させろ」
「必要な」
「必要有んだよっ」
言葉を被せられて手を捕られたかと思えば、無言で歩き出されて唖然とする。
って言うか、四番隊は反対方向……
「ちょっ、何処に行くんですか!逃げませんから放して下さい」
「お前が逃げ出した場所」
「何を言って……」
「……俺達の、部屋」
「何だよ?」
「いえ、本当に有るんだと思っただけです」
思わずじっと見詰めてしまったのは、誰が治療するんだとか薬とかが有るのかと揉めていたからで……
「だから何回も……」
「…………」
しょうがないとは思うのだけど。
檜佐木副隊長にとっては、同じ顔、同じ声。
ただ、その記憶が違うだけだ。
でもそれが一体何だと言うんだろう。
檜佐木副隊長にはもう、どっちだって良いことのはずだ。
「紗也ちゃん?」
「紗也でいいですよ。恋次先輩に聞きました。何か無理が有って微妙だったんで」
「紗也……」
手際良く治療をする彼に淡々と告げた。
そんな嬉しそうな顔をする意味も解らない。
早く、帰りたい……。
此処は居心地が悪い。
当たり前のように其所に在る、捨てて下さいと伝えたはずの見慣れた破片も何もかもが、私を圧迫して来るようで息苦しくなる……。
「もう、ケガしてるトコは無ぇか?」
「……有りません」
「有るんだな」
何でバレる……。
でも
「有ります。けど、もういいです」
「良くねぇよ」
「いいです。後で四番隊にでも行って来ますから」
「どこ……」
「私の話、聴いてます?」
ふざけた遣り取りじゃないにしても、何でこう……。
最後に吹っ飛ばされた時、脇腹に一発入れられていたけれど、幾ら何でも此処で脱ぐのは勘弁……って、
「ちょっ、止め…痛っ」
何をするんですかと睨み付ければ、無表情な檜佐木副隊長と目が合った。
だから、何でそんな……。
「流石に此処では脱げません」
「俺は今、怒りを抑えるので手一杯だけど?」
敢えて溜め息混じりに告げてみても、いいから脱げと聴く耳を持つ気はないようだ。
「こんな人でしたか?」
「生憎、俺はこんなヤツなんだよ」
完全に開き直って、いいからサッサと諦めろと腰紐に手を掛けるのに反応が遅れる。
今日は、こんな事ばかりだ……
けれど私は、檜佐木副隊長を知る為に此処に来た訳じゃない。
はだけさせられた死覇装を慌てて掻き合わせて叫ぶように伝えていた。
「もう、諦めて下さいっ」
お前のケガに、俺が譲った試しが有ったかよ何を言っても聴く耳を持たなかった彼の霊圧が揺れ動いたのが解った。
「だから私は、檜佐木副隊長と付き合ってた私じゃないって……もう構わないで下さいって言ってるじゃないですか」
何度も、何度も。
頭がおかしくなりそうだ。
私は此処に、話をしに来たんだ。違う。正確には話じゃない。
「私は、」
「聴く」
から、先ずは治療させろ。頼むから……
だから……。
急にそんな顔をしないで。
辛そうに顔を歪めるのは止めて欲しい。
もう、檜佐木副隊長が罪悪感を感じる必要なんて無い。
胸が痛む。
これは、記憶の欠片か私のものか。
だんだん曖昧になって来るこの痛みが、私は怖い――…
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