「恋次先輩、これで今日の書類は終わりですよね?」
こうしてグダグダと考えて居るのは性に合わないと返事も待たずに席を立った。
「十一番隊に行って来ますっ」
「紗也?」
「ちょっと行って、一角さんにぶっ飛ばして貰って来ます」
そう言えば、恋次先輩が呆れたように笑った。
「また来たのかよ」
こんにちはと顔を出した私を、然も嫌そうな顔で出迎えた一角さんにムッとする。
「またって……」
私、か――…
「……そんなに、来てましたか?」
「来てたな」
「そ、ですか……」
六番隊に異隊してから、余り顔を出さなくなっていたはずなんだけどなと息を吐く。
「まぁいいです。とりあえず今日は、ぶっ飛ばして貰いに来ました!」
「「ぶっ」」
「何笑ってるんですか、弓親さんまで!」
ムゥッと更に口を尖らせれば、言う事と遣る事が変わんねぇからだと爆笑された。
「また何かに迷ってんのなら、叩きのめしてやっからよ」
どっからでも掛かって来いやと真顔になった一角さんに向かって行く。
消えた私も、何かに迷って居たんだろうか……。
容赦無く打ち込まれる木刀を受けながら、私は、消えない想いと向き合っていた。
十席になって直ぐの頃だ。
昼休憩に行かれた恋次先輩の忘れ物に気付いて、その後を追い掛けた。
隊舎を出て直ぐに辿れた霊圧に向かって行けば、其所には恋次先輩だけじゃない誰かの姿が在った。
声を掛けて良いのか逡巡していると、思いがけず聴こえた自分の名前に有り得ない程に肩が跳ねた。
「だから!」
「ああ、はいはい。お前ん所の新人な。凄ぇゴツいんだろ?」
「何すかそれ…違いますって」
「十一番隊で十席って、そんだけで女じゃねぇって。この前も大の男投げ飛ばしたんだろ?」
「あー、それはあいつ、合気道やら居合い抜きだとかってのをやってたとか何とか…」
「そらみろ」
「だ――っ!違うっつの!ちゃんと本人見てから言って下さいよっ」
「見たくねぇし。その前にお前ら全力で隠してんじゃねぇか。鬼みたいに強って聴いたぞ?俺は可愛い娘が好きなんだよ」
「何すかそれ。誰もあんたの好みなんて訊いてねっつの!」
少し大きめの話し声は、立ち聞きは良くないだろうと立ち去ろうとした私の耳に届くのにも十分で
「紗也はゴツくねぇし。かなり可愛いっすよ……て、何すか!その目は!」
「いや、お前。あの中の紅一点ならどんなんでも可愛く見えんじゃねぇの?今度女紹介してやるからよ」
早まんなよ…って憐れむような声と、要らねぇ!って叫ぶ恋次先輩の声。
「十一番隊で張れるって、或意味凄ぇって。俺はご免だけどな」
「否定しても否定しても噂は収まんねぇし…。もう檜佐木さんには絶対に話さねぇ」
霊圧を消して、ゆっくりゆっくり歩き出していた。
紗也が書類の殆どをしているんだから良いんだよって、弓親さんが頭を撫でる。
上官である恋次先輩に書類配達をさせる事が申し訳なくて、どんなに私が行きますと言っても、弓親さんはそれを良しとしなかった。
何にも出来ねぇんだから、配達くらいさせとけと一角さんが笑う。
挨拶がてら回ってっから気にすんなと恋次先輩が苦笑した。
隊舎の前、門を潜れないままに俯けば、ポタッ、ポタッと水滴が地面の染みを拡げて行く。
戻らない私を心配した弓親さんが探しに来るまで、私は立ち尽くしたままだった。
私は――…
「ありがとうございました」
一角さんの前に正座して頭を下げる。
「スッキリしたかよ……」
「……多分」
何だそれって呆れながら、私の頭をクシャクシャに撫でて、一角さんは苦笑する。
「お前ぇに傷付けると、おっかねぇ顔して睨み付ける副隊長が居んだよな。知ったこっちゃねぇけどよ」
「…………」
「……ソイツはお前の記憶がどうとか、関係無ぇと思うぞ」
「な……」
何でですかとは、最後まで言わせて貰えなかった。
声を発した瞬間、「手前ぇで考えろ」とグシャリと頭を押さえ付けられてしまったから。
でも、違う。
答えの在処を、私は知っている。
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