往生際が悪いと言われようが、とにかく会って話をしたくて、まだ微かにでも紗也がこの腕の中に残っている事を願って、夕闇の中を瞬歩で駆け抜けた。
俺はまだ、紗也から何も聴いてねぇ。
俺もまだ、何も伝えちゃいねぇんだ――…
隊舎からものの数秒
こんなにも近い彼女に、どうして俺は…と、繰り返し沸き上がるのは後悔だけだ。
紗也が不満を言わないのをいいことに、ずっと甘えて来ただけじゃないのか。
忙しいからと、乱菊さんは今大変だからと、自分を正当化して想いを伝えることもせずに……。
ならば紗也は?
そうしておかれた彼女の気持ちを今更に思う。
誕生日の前日
断れないのかと紗也は言った。
紗也が、今までにそんな事を言ったことはなかったと気付いていた。
責めるでもなく
ただ、寂しそうに
それは紗也からの初めての警笛だったのに、その彼女に自分は何と返したのか……
侘びの一つも言った覚えのない自分は、何様のつもりでいたのか。
考えれば考える程、とても大事にしていたとは言えない現状に、今、失くしたくないと必死になっている自分が嘲笑えた。
扉の前に立ち、留守だったらとの考えは無かったのに、部屋に灯りを確認するとほっと息を吐き出した。
中に紗也の柔らかい霊圧を感じて胸の奥が焦れるように熱くなる。
こんなにも、会いたい。
のに、足が動かねぇとかどんだけだよ…。
一秒でも速くと急いてここまで来ておきながら、莫迦みたいに立ち尽くして、目の前の扉を叩く事さえ出来ずにどのくらいそうして居たのか。
俺に気付いて扉を開けてくれた紗也が苦笑いで立って居て
「副隊長とも在ろう人がそんな所で突っ立ってちゃダメだよ」
と、優しく俺の腕を引いた。
触れられた部分が熱を持って痺れるような感覚が躯中に伝わる。
顔を見たら堪らなくなって、俺はその手を掴んで引き寄せると、キツく震える腕の中に閉じ込める。
どんなに強く抱き締めても、紗也の腕が俺に回る事のないまま――…
君を失くすことが、こんなにも怖い――…prev /
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