その手をつかんで

27.人は変わるべきか


もう何度目かになる席替えで、私は窓際の席をゲットしていた。

列も後ろから二番目と申し分ない。

隣には再びライナーが座っている。

私はブラウンくんをライナーと呼ぶようになっていた。

マルコは廊下側から二列目の後方、ジャンはど真ん中の一番前にいて、ざまあみろと思っている。

アニはジャンの二つ後ろだ。



ジャンとも何だかんだ上手くやっていたように、アニやライナーや他の何人かに感じていた怯えのような感情には、少しずつ折り合いが付けられるようになった。

いい人たちだというのはわかっているのだ。

気にしなければいいだけのことと思うことにしていた。



世界史の授業中、私がふと窓の外を見下ろすと、校庭では体育が行われていた。

体操着にエンジのラインが入っているから、同学年だろう。

競技はサッカーだ。

どこのクラスかはすぐにわかった。

頭が一つ飛び抜けた人物を見つけたからだ。

胸が跳ねて、それからきつく収縮する。

近くに金髪ショートボブの小さなシルエットもある。

D組だ。

アルレルトくんと、フーバーくんがいる。



フーバーくんだけは、みんなと少し勝手が違った。

あの部活見学での一件を必要以上に意識しているのだろうか。

彼の姿を見かけると、そわそわした。

そわそわして、胸が高鳴って、それから不安になった。

不安という表現が正しいのかわからない。

そこには色々な感情が溶け込んでいるように思えた。

不安とか、恐怖とか、焦燥感、罪悪感、そんな類の感情が、複雑な澱みを生む。

それは、あまりいい気分とは言えなかった。

なのに、どうしてか、彼を目で追ってしまう自分がいた。

というのも、遠くから見ている分には、その感情もさほど強く主張しなかった。

違う部活を選択した今、彼と私の接点はもうほとんどなかったし、廊下ですれ違ったり、こうして遠くから眺めたりすることが主だったから、抵抗感も薄らいでいたのだ。



今は男女混合で自由にボールを蹴り合っているようで、少し離れた場所でスプリンガーくんとサシャがじゃれ合っていた。

スプリンガーくんの蹴り上げたボールが、フーバーくんの頭部にクリーンヒットする。

私はあっと口に手を当てた。

アルレルトくんが慌てて駆け寄っていく。

スプリンガーくんは謝るどころか、フーバーくんに文句を言っているようだ。

何故かフーバーくんの方が申し訳なさそうに謝っている。

そんな様子がおかしくて、私はクスクス笑ってしまった。

「ルーラ。おい、ルーラ!」

抑えられたライナーの声が聞こえる。

「え?」

振り向いた先には、ライナーはいなかった。

代わりにスミス先生が私を見下ろしている。

「楽しそうだね、クローゼ」

「あ…」

私は頬を引きつらせる。

「クローゼは体育が好きなのかな?」

「あ…ええ、はい。とても…」

「体育と同じくらい、世界史も好きになってくれると嬉しいんだがな」

「も、もちろんです。ええと、たった今から」

スミス先生はにっこり笑った。

対照的に私は笑みを強張らせる。

「それはよかった。では、その手助けとして、あとで課題を準備することにしよう」

「えっ!?」

私は思わず立ち上がった。

「どうかな?」

先生はにこにこと問う。

その笑みには絶対的な強制力があった。

私はがっくりと項垂れた。

「はい、喜んで」

泣きたい。





「間抜け」

「うるさいな!ジャンには言われたくないよ!自分だって数学の時間に居眠りして大目玉食らったくせに!」

「オレは部活で疲れてたんだよ!不可抗力だ」

「私だって部活やってるよ!他の人もね!でも寝てないし!」

「起きてんのに教師に注意されてる奴よりはマシだ!このノロマ」

「あー、へー、そういうこと言うなら、私、これからはさっさと準備して部活行こっと。毎日ミカサに迎えに来てもらうんじゃ悪いし?これからは私が迎えに行くようにしようっと」

途端にジャンが狼狽えた。

「な、な、なんでそこにミカサが出てくるんだよ!」

「さあ?自分のノロマっぷりを反省して、素早く行動しようって話」

ライナーが大きく吹き出した。

つられてマルコも笑い出す。

「お前の負けだ、ジャン」

「ルーラ、人には人の性格があるものだから、無理に自分を変える必要はないんじゃないかな?ルーラの性格のおかげで毎日の楽しみができた人もいるみたいだし?」

私はしたり顔でジャンに目をやる。

「でも、人は変わらなきゃいけない時もあると思うし…ジャン、どう思う?」

「知るか!」

「こんな私の課題を手伝ってくれる人がいたら、私、今の自分にも自信が持てるかもなぁ」

ジャンは小さく唸った。

「…見せてみろ」

「ありがとう。ジャンって、とてもいい人ね」

私は得意満面の笑みを浮かべた。





昼休みは図書委員の当番だった。

私はクリスタとペアだ。

食事を早々に切り上げ、私は図書室へ向かう。

戸を開けると、既にクリスタは書棚に向かっていた。

「クリスタ、早いね」

クリスタは振り向いてにっこり微笑む。

「ルーラ、返却本がカウンターに積んであるから」

「うん」

当番の仕事は、返却本の整理と貸出受付だ。

図書室には司書も配置されているのだが、昼休み中は食事に行ってしまうため、図書委員が業務を行うのだ。

「あ、そうだ。ルーラ、お願いがあるんだけど」

お互い持ってきた本を読んでいると、クリスタから声が掛かった。

「お願い?なに?」

「今度の水曜の昼休みね、当番変わってって言われたから変わったんだけど…私も部活のミーティングが入っちゃったの。それで…」

「あ、うん、いいよ。私、平気」

「ホント?」

私は頷く。

「よかった、ありがとう!ごめんね、短期間に二回も」

「全然。図書室、落ち着くし」

今度お礼するね。

クリスタはふわりと笑った。





6限終了のチャイムが鳴って、私は部活に行く準備を始めた。

午前中のジャンとの取引があったから、私はのんびりと筆記用具を片づけながら彼女が迎えに来てくれるのを待つ。

やがて、目当ての人物がひょいと顔を覗かせた。

「ルーラ」

私は伸びをして手を振る。

「ミカサ!すぐ行くからちょっと待ってて!」

チラリとジャンを一瞥すると、小さな瞳を目一杯輝かせて、ミカサを見つめている姿があった。

なんだかんだ良いことしたかなと、少し嬉しくなる。

でも、ミカサが幼なじみのエレン・イェーガーくん一筋ということを彼は知っているのだろうか。

それを思うとちょっと複雑だった。

あの角ばって真っ直ぐなジャンが傷つくところは、あんまり見たくないなぁ。

でもこればかりはなるようにしかならない。

どう転ぶかなんて、誰にもわからない。

けど、たぶんマルコはジャンを応援するだろうから、私も応援してあげようと思う。

うん、そうだ、そうしよう。





(20140314)


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