12.二人の関係
「お風呂沸くまで時間かかるから、とりあえず着替えなよ。衣装ケースはソファーの横に置いといたよ。部屋にいるから終わったら呼んで」
「うん、わかった」
ルーラの返事を聞いて、マルコはドアを閉めた。
ジャンを伴って、二階の自室で待機する。
「おいマルコ。あの衣装ケースって、ルーラのなのか?」
「そうだよ」
「そうだよって…なんであいつの服がお前ん家にあんだよ。しかもケースで」
「んー…まあ、生まれた時から家族ぐるみの付き合いだからね」
「いや、うーん、そんなもんなのか?じゃあ、あいつん家にはお前の服がケースであんのかよ?」
「ケースはないけど、何着か置かせてもらってるかな」
「嘘だろ…マジかよ、ふざけんなよ」
「ルーラがさ」
マルコの口調が改まった。
「夢見がひどいんだ、昔から。だから、ルーラのご両親も心配してて、小さい頃はどちらかの家で二人で寝ることが多かった」
「ああ、デニーズでも言ってたな」
マルコは頷く。
「最近はさすがにほとんどないけど、それでも、嫌な予感みたいなものがあるらしくてさ、そういう時は家を訪ねて来るんだ。ルーラのおばさんに呼ばれたこともある」
「なっ!?お前さっきは、今はもうないって言ってたじゃねぇか」
「この歳にもなるとあまり褒められた行為じゃないから、他人には言ったことない。ジャンが初めてだ」
それは控えめな口止めだった。
もちろんジャンはその意味を理解している。
「よく耐えてるな、お前…。その…変な気持ちになったりしねぇのかよ…」
マルコは苦笑した。
「そうだな…僕はそういう感情をコントロールするのが得意みたいなんだ」
「そりゃ…すげぇな。尊敬するぜ。でもよぉ、お前、立ち位置微妙じゃねーか?」
マルコは小さく首を傾げる。
「お前らのやり取りってさ、傍から見てると、兄妹なんだか親子なんだか恋人なんだかよくわかんねーんだよ。けど、今の話聞いてるとお前、まるでルーラの保護者じゃねーか。それでいいのか?ルーラのことどう思ってんだよ?」
マルコの顔から表情が引いていった。
表面上は穏やかな笑みが残っているが、形だけのものであることは、これまでの付き合いでわかる。
「マルコー!ジャン!終わったよー!」
下からルーラの声が聞こえてきた。
二人はハッとドアの方を見る。
「行こう、ジャン」
マルコは微笑んでドアを開け、そのまま階段を降りていってしまった。
ジャンはマルコの後ろ姿を眺めている。
回答がなかったそのこと自体が、ひとつの回答であるように思えてならなかった。
あの頃――
あの頃ジャンは気付けなかったが、今になって記憶を辿ると、思い当たることがいくつかある。
マルコのあのルーラを見守るような視線は、そういうことだったのではないだろうか、と。
リビングに戻ると、ルーラはヒーターの前で丸まっていた。
着ているのはクリーム色のルームウェアだ。
マルコは、ジャンに適当に座ってと言って台所へ向かった。
ケトルに沸かしておいた湯をマグカップに注ぐ。
「はい、コーンポタージュ」
カップを差し出すと二人は礼を言ってすぐに口を付けた。
やはり外は寒かったのだ。
ルーラはようやく人心地着いたのか、大きくため息をついた。
「あったかーい。おいしーい。マルコ、ありがとう」
マルコは小さく笑った。
「インスタントだけどね」
「全然。あ、ねえ、デニーズどうだった?」
マルコとジャンは顔を見合わせた。
「んー、普通?だったかな」
「そうだな、普通だな」
「何それ、歯切れ悪いね。ブラウンくんはどんな感じだったの?仲良くなれそう?」
「ああ、あいつはああいうやつだからな」
「そうだね」
「ずっと三人で喋ってたの?」
二人は一瞬キョトンとする。
そして、ああ、と結局大所帯でデニーズに行くことになった経緯を話した。
「そうなんだ。その幼馴染の子の話、こっちでも出たよ」
ルーラの声がわずかに強張った。
それを隠そうと、必死に平然と振る舞っているのは無意識だろうか。
マルコはルーラを静かに見つめる。
「で、お前の方はどうだったんだよ」
ジャンが何気なくルーラに目をやると、ルーラはまるで視線に射抜かれたかのように目を見開いた。
その瞳は頼りなく揺れている。
が、それも一瞬のことで、すぐに笑みが浮かび、視線はさりげなく逸らされる。
「楽しかったよ。あのね、すごいの、あの三人。中学の時、サラリーマンに絡んでる柄の悪い男の人たちボコボコにしちゃったんだって!」
二人は呆気にとられて口を開けた。
「何やってんだ、あいつらは」
「まあ、らしいと言えば、らしいかな」
「三人とも空手部だったんだって。珍しいよね、中学で空手部なんて。それでね、アニは高校でも続けるつもりだから、私もやらないかって」
語尾が弱々しくなり、言葉が切れた。
ルーラはマルコを見つめる。
縋るような目をしていた。
「…どうしたらいいと思う?」
マルコは目尻を緩めた。
「ルーラはどうしたいの?」
「どうしたい?どうしたい…」
ルーラは視線を落とす。
唐突にアラーム音が鳴り響いた。
発信元は給湯器、風呂が沸いた合図だ。
ルーラはパッと表情を明るくした。
マルコは苦笑して頷く。
「行っておいで」
「うん。風呂に入りながらでも考えることにする」
ルーラは軽やかな足取りで脱衣所へと姿を消した。
その様子をマルコとジャンはなんとも言えない表情で見送るのだった。
(20131222)
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