その手をつかんで

11.にわか雨とヒーター


地元の駅に着いて電車を降りると、外は雨に濡れていた。

私は思わず悲鳴を上げる。

「雨降るなんて言ってなかったじゃーん!」

そして今朝のことを思い出した。

――折り畳み傘?今日雨なんて降るっけ?

――降るだろうと思ってさ。

私は眉を寄せる。

「私が早起きしたのが悪かったって言いたいの?」



さて、どうしようか。



マルコと一緒に帰ってくれば折り畳み傘があったのだが、あいにく先に帰ってきてしまっている。

こういう式典の日やテスト期間中などはいつも一緒に帰っていたのに、慣れないことはするものではない。

雨は私が二の足を踏んでいる間に徐々に強まってきていた。

仕方がない。

悔しいけど、ビニール傘を買って帰ろう。

私はキオスクに向かいながら財布をあさる。

そして所持金を確認して愕然とした。

「さ…三百円…」



マルコはいつ帰ってくるだろうか。

ブラウンくんとジャンとデニーズに行っているはずだが、男三人で長時間デニーズというのも気持ちが悪い。

小一時間程度待っていれば会えるのではないだろうか。

が、雨のせいで気温はグッと下がっている。

このままいつ戻るともわからないマルコを待つよりは、ダッシュで家に帰って着替えた方がいいかもしれない。

よし、そうしよう。

私は拳を握りしめ、えいやで雨の中を飛び出した。





そして、家のドアの前でがっくりと項垂れた。

「開かない…」

鍵が閉まっていた。

チャイムを鳴らしてみても応答はない。

今日はいるって言ってたから鍵持って出なかったのに。

こんな時に限って、どこに行ってるんだうちの母親は。

心でいくら悪態をついても、状況は変わらない。

私は諦めて、ドアの前に座り込んで膝を抱えた。

服が濡れてしまったので体は芯から冷えていく。

あーあ、おろしたての新しい制服が。

ブラウスどころかブレザーまで貼り付いてくる。

明日までに乾くかな。



しばらく経っても母親が帰ってくる気配はない。

体は震え、爪先は紫色に変色していた。

この分では、唇も同じ色になっていることだろう。

あー寒い。

疲れた。

私は膝の間に顔を埋める。

心なしか、少し暖かくなったような気がする。

こうして目を瞑っている間に帰ってきてくれればいいのだが。



しかし、それからさらに数十分経過しても家の前は静まり返ったままである。

なんだかすごく惨めな気持ちになってくる。



やがて、トロンとした眠気が体を包む。

うつらうつらしてきた。

さむあったかい…雪山で遭難するとこんな感じになるのかな…。





「ルーラ!?」

突然声が聞こえたので、私は重くなった頭をよろよろと上げた。

視界の先には狼狽したマルコとジャンの姿がある。

助かったーと私は鈍い思考回路で思った。

小さな折り畳み傘の中に男二人が窮屈そうにおさまっている見苦しさは、今はどうでもいい。

「何してるんだ、そんなところで」

「鍵が開かないの」

マルコは頭を抱えた。

「携帯あるだろ。なんで呼ばなかったんだ」

「だって、デニーズ…」

「あーもう!とにかく入るよ!」

マルコは傘をジャンに預けて、ツカツカと門扉の内側へ入ってきた。

「真っ青じゃないか!」

私を抱えるようにして立たせる。

「スカートで体育座りするなって何度も言ってるだろ」

「ここ、家の敷地内だし…」

「外から見えるじゃないか!」

「誰も見ないよ」

「ジャンのあの緩みきった顔を見ろよ!」

「ひどい!ジャンは元からああいう顔だよ!」

「いつもはもっと目つきが悪いだろ!」

堪らずジャンが抗議の声を上げる。

「お前ら人を何だと思ってるんだ!」

「ほら、いわれのない濡れ衣着せるから怒っちゃったじゃない!」

「あれは図星を突かれて怒ってるんだ!」

「…いい。もう好きにしてくれ」

空気の抜けた風船よろしく、ジャンは脱力した。

マルコは小さくため息をつく。

「とにかく、まず家に入ろう」

マルコに促され、三人はマルコの家へ向かう。

「ジャンはどうしてここに?方向こっちじゃないよね」

「傘を借りにな。ついでに寄ってけっていうからよ」

「そっか」

そんな会話をしながら玄関をくぐった。



「ルーラはそこで待ってて。ジャン、手伝ってくれ」

「おう」

二人は室内に入っていく。

やがて忙しない物音とやり取りが聞こえてきた。

「ジャン、このバスタオルで服ごとざっとルーラを拭いてやって。足はこっちのタオルで。靴下はこのカゴ。そのままリビングに連れて来てくれ」

「へーへー」

マルコ自身はパタパタと歩き回り、何かを取り出したり持ってきたりしている。

ジャンが玄関に戻ってきた。

「相変わらず過保護なのな」

「うん。ごめん、自分でできるから」

多少の照れくささはあるものの、私は基本的にマルコのこの過保護さが心地よかったりする。

人の好意に安心して甘えられる、優しい世界に私は生まれたのだ。

心から相手のことを思いやれる、温かな世界に、私は生まれた。



制服ごと体を拭いていると、着火音が聞こえた。

「ルーラ、ヒーターがついたからね」

「やった!」

私は一刻も早く暖を取りたくて、急いで靴下を脱ごうと屈む。

すると、きちんと拭き切れていない髪から水滴がはたはたと落ちた。

「貸せ」

ジャンはバスタオルをひょいと掴むと、私の頭を乱暴にかき回した。

「うわ、痛たたた!ジャン!やるならもっと丁寧にやってよ!」

「うるせぇ」

ジャンがわざと私の頭を揺らすので、途中からだんだん面白くなってきてしまった。

声を上げて笑っていると、風邪引くよ、とマルコに怒られた。





(20131217)


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