10.絆か、呪いか
凍りついた空気を払拭するように、アルミンの通った声が響いた。
「関係ないよ」
皆が顔を上げる。
アルミンは周囲を見渡した。
「今の僕たちには、関係ない。そうでしょう。『あれ』は『僕たち』じゃない。容姿と名前が同じだけの、別の人間だ。それに…」
ふと、アルミンは考え込むように顎に手を当てる。
「…みんなは、どこまで覚えてる?」
皆、虚を突かれて目を丸くした。
が、アルミンの言いたいことはすぐに理解できた。
自分たちも一度は、気になって記憶を探ったことがあるからだ。
「僕は記憶があると言っても、全部覚えているわけじゃないんだ。記憶が飛んでいるところだってある」
ジャンが同意する。
「オレもだ。途中までの記憶しかねぇな」
他の面々も互いに目をやりながら頷き合う。
「ベルトルトはどう?」
「…僕も、途中から記憶はおぼろげだよ」
「やっぱりみんなもそうなんだね。だとしたら」
アルミンはベルトルトに微笑みかけた。
「僕たちがその後どうなったのかはわからないし、僕たちの関係がどうだったのかもわからない。ここで僕らがどうこう言っても仕方がないんだ」
ベルトルトは力なく目を逸らす。
説得力に欠けることはアルミンもわかっていた。
104期生との関係で言えば、今の発言はある程度的を射ている。
しかし、ベルトルトの心を最も苛んでいる要因はルーラなのだ。
ルーラは、彼女だけは、あの時確かに命を落としてしまった。
人類を裏切っていたのかという疑惑を残したまま。
「僕は、エレンとミカサを親友だと思ってるよ。でもそれは、あの世界でそうだったからじゃない。今の僕が、彼らを大切だと思うからだ。僕は彼らにこの記憶の話をしたことはない。今の彼らとの関係を大切にしたいし、彼らが覚えていないのは、これが彼らに必要のない情報なんだろうと思うからだ。マルコとジャンも、そうなんでしょう?」
ジャンはマルコに視線を送り、マルコは頷いた。
「そうだね。ルーラは今までも今も、十分楽しそうにしてる。僕は彼女に、不必要に混乱してほしくないと思ってるよ」
「君もそうなんじゃないのかい、ベルトルト?君もそうやって、ライナーと接してきた。違う?」
ベルトルトは重い視線を上げた。
「確かに、その通りだ」
「エレンとミカサ、すごく穏やかな目をしてるんだ。それがいいとか悪いとか言うつもりはないけど、僕はその目がとても好きだよ」
アルミンは目を細める。
「みんな、もう今の世界を生きてる。僕たちはどいういうわけか、あの世界の記憶を思い出してしまった。それを無理に否定しようとすれば、却って苦しい思いをするし、こうやってまた集まれたんだ、悪いことばかりじゃない。けど、その記憶に引きずられちゃダメだ」
「アルミンの言うとおりだな」
ジャンが頷いた。
「昔の記憶が、プラスになるならまだしも、マイナスになるなんてバカバカしいってことだ」
「そ、そうだよな!」
シュンと下を向いていたコニーが勢いを取り戻した。
「今のオレたちは、あの時のオレたちとは違うもんな!」
「そうですね!また新しく関係を作ればいいんです!」
ね、とサシャがベルトルトの手を取る。
ベルトルトは弱々しいながらも微笑んだ。
「うん…ありがとう」
「バカですね、お礼なんていらないんですよ!」
コニーが嬉しそうに茶々を入れる。
「お前にバカって言われるようじゃお終いだな!」
「はい!?コニーにだけはそんなこと言われたくありませんね!」
コニーはサシャを鼻で笑った。
「残念だったな!俺はあの頃の俺とは違う。もうバカとは呼ばせねぇ!」
「その自信はどこから来るんですか!」
「俺はこのローゼ高校に受かった。それだけで充分だろーが」
サシャは口に手を当てる。
「それもそうですね。ということは、私もバカではないということになります!」
「そうだな。俺たちはもうバカじゃない。バカは卒業だ!」
「卒業!いい響きですね!卒業ソングでも歌いますか!」
「おいバカ二人。これ以上騒ぐなら外でやれ」
ヒートアップする二人に、ジャンが冷や水をかけた。
「つか、お前らわかってんだろーな。エレンにミカサ、ルーラ、ライナー、知らないやつらに変なこと言うんじゃねーぞ」
二人は子どものようにむくれて見せる。
「わかってますよ!そんなこと!」
「つか、バカじゃねーぞ!」
再び騒ぎ出した二人にため息をついて、ジャンはベルトルトを見た。
「そういうこった。わかったな」
ベルトルトは一瞬ためらうように視線を落とした。
が、顔を上げ、ジャンの目をしっかりと見据える。
「わかった。ありがとう」
アルミンが笑った。
「サシャが言ったでしょ。お礼なんていらないんだ」
ベルトルトは皆の顔を順に見回す。
皆、励ますように笑みを浮かべた。
臆病なこの少年が、一歩前に踏み出せるように。
ようやく、強張っていたベルトルトの表情がほどけた。
「うん」
彼のこの笑みが、この先もっと見られるように、この世界が、そういう優しい世界であるようにと皆、願った。
(20131215)
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