その手をつかんで

08.集う


「誘っといて悪いな。じゃあ、明日」

ライナーは家から急用の電話が掛かってきたため、途中で帰っていった。

残された者たちは外を歩き去っていくライナーの後ろ姿をしばらく眺め、やがてそっと視線を交わし合う。

探るような沈黙が下りた。

口火を切ったのはジャンだった。

「お前ら…あるんだな。『あの』記憶が」

アルミンが大業に頷く。

他のメンバーも肯定の言葉を口にした。

マルコが驚愕と興奮と当惑を滲ませて呟く。

「信じられないよ。またこうして、みんなに会えるなんて…」

「ホントだぜ!揃いも揃ってみんな同じ高校なんてな」

「運命ってやつですかね?」

キャッキャとはしゃぐコニーとサシャを見て、アルミンは頬を緩める。

「相変わらずだね、二人は」

ジャンがため息をついた。

「まったくだ。同じ中学か?お前ら」

二人は顔を見合わせて同時に首を横に振る。

「違いますね」

「俺はユミルとクリスタと一緒だった」

「初対面とは思えないほど息ぴったりだ」

マルコは笑う。

「あの…コニー」

ためらいがちにベルトルトが口を開いた。

「ん?何だ?」

「ユミルとクリスタは…その…」

「ああ。あいつらも覚えてるぞ。ユミルはあんまり話したがらないけどな」

ベルトルトは憂いを帯びた瞳をそっと逸らす。

「そう…」

コニーの顔がふと翳った。

「ライナー、覚えてねぇんだな」

他の面々の顔にも、複雑な影が落ちる。

「ああ」

「まったくか?」

ジャンがベルトルトに尋ねる。

「時々、寝過ごすことがあるんだ。そういう時は決まって、夢見が悪かったって言ってる。もしかしたら」

「『あの』夢、かもしれないね」

アルミンが言葉を継ぐ。

「エレンとミカサも、多分、時々夢に見てる」

「そう、なのか」

ジャンが僅かに動揺を見せた。

もしかしたら、記憶が戻りかけているのかもしれない。

誰も口にはしなかったが、誰もがそれを予感していた。

「じゃあ、アニとルーラはどうなんです?今日は帰っちゃいましたけど、二人一緒ってことは、二人も覚えてるんでしょうか。どうなんです?ベルトルト」

ベルトルトの肩が小さく跳ねた。

「あ…えっと…」

絞り出した声は掠れ、震えている。

「アニは…覚えてるよ。けど、アニもその話はしたくないみたいだ」

「あまり、いい記憶ではないからね」

アルミンが同調する。

「ルーラはどうなんだ、マルコ?お前ら幼なじみなんだな」

コニーがマルコに話を振った。

「ああ」

マルコはベルトルトに目を合わせる。

気遣うような、穏やかな眼差しだった。

「ルーラは、覚えてない」

ベルトルトは無意識に拳を握った。

瞳に流れてくる感情を溜め込む。

それでも、端からは、滝のように流れる安堵と、それと同じだけの絶望が見て取れた。

「夢も見ないの?」

アルミンが問う。

「本人は夢の内容を覚えてない。けど、多分、見てる」

「そうなのか?どうしてそう思うんだよ」

初耳だとジャンが眉を寄せる。

「よく泣いて起きるんだよ。小さい頃は、一人で眠れないからってよく一緒に寝てたんだ。今も、時々悲鳴を上げてる」

「はぁ!?お前ら、まさか未だに一緒に…!」

「まさか」

マルコは苦笑する。

「部屋が隣り合ってるんだ。窓と窓の間は数メートルしかないから。ジャンは来たことあるだろ。ほら、ベッドの小窓の向こうがルーラの部屋だよ」

「ああ…って、マジかよ…」

ジャンがもやもやした表情を浮かべているのにまた苦笑して、マルコは続けた。

「きっと、夢を見始めた時期だけなら、ルーラの方が早い」

「でも、ルーラはその夢を覚えてないんだね」

アルミンが確認する。

その理由がわかっているような聞き方だった。

マルコは頷く。

「多分、無意識に抑圧してるんだろうな」

コニーは視線を落とす。

「まあ、そうかもな。あんな…」

「コニー!」

サシャが慌ててコニーを遮った。

コニーはハッとして、反射的にベルトルトを見る。

そして、それにもしまったと思って、その視線を下に逸らした。

「あ、いや、俺は別に」

「いいんだ」

ベルトルトは首を振った。

「コニーの言うとおりだ。僕はみんなに償いようのないことをした。そして、そのせいでルーラは…」

後の言葉は続かなかった。

サシャがテーブルの下でコニーの足を蹴り飛ばし、コニーの呻き声が漏れた。





(20131208)


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