その手をつかんで

05.夢を知る者たち


マルコはジャンに促されて教室を出た。

10分の休憩の後、入学式のために体育館に移動になる。

ルーラは中学で仲のよかった女友達と楽しげに話している。

早速友達の輪も広げつつあるようだ。



廊下の角で立ち止まり、二人はしばし視線のみの会話を交わす。

やがてそれがじれったくなったのか、ジャンが口を開いた。

「こんなことって、あんのか?」

マルコは困惑の表情で頷く。

「ライナーやアニだけじゃなくて、エルヴィン団長まで…」

「それだけじゃねぇ。B組にはエレンの野郎とミカサ、クリスタにユミル」

「D組にはアルミンとサシャとコニー、それにベルトルトか…」

「なんなんだろうな」

「彼らは…覚えているんだろうか」

ジャンは眉を寄せる。

「オレたちは、覚えてる。でも、ルーラは覚えてない」

マルコは頷く。



マルコは小さな頃から同じ夢を幾度となく見ていた。

閉鎖的で、残酷で、無慈悲な世界。

でも、そんな中で、夢を追っていた。

仲間と切磋琢磨し、希望を捨てず、必死に、生きようとしていた。

その仲間の中に、マルコの幼なじみ…ルーラもいた。



ただの夢だと思っていたものが、遥か遠い昔の記憶だと気付いたのは、マルコが中学に上がってからだ。

夢の中のマルコと仲がよかった人物と瓜二つの生徒と出会ったのだ。

それがジャンだった。

マルコと顔を合わせた時のジャンの反応から、彼も同じ記憶を持っているとすぐにわかった。

その時、マルコやジャンにはある記憶が、ルーラにはないのだということも理解した。



「ライナーは…どうなんだろう?」

「オレたちのこと、知らねぇって態度だったな」

「うん。あえて触れてこないってこともあるだろうけど、僕らの知ってるライナーを思うと、それは考えにくいな」

ジャンはふと表情を曇らせる。

「オレらの知ってるライナー…か」

マルコはハッとしてジャンを見る。

マルコは、ジャンよりもその世で生を終えるのが早かった。

マルコの亡き後、ジャンは過酷な運命を生き、壮絶な体験をした。

ジャンは、そのことをあまり語りたがらなかったからマルコは詳しくは知らないが、仲間内であったことについては、事実のみ端的に聞かされていた。

マルコはその呟きには気付かないふりをして問う。

「確かめてみるか?」

ジャンは首を振った。

「いや。止めておこう。覚えてるにせよ、そうでないにせよ、あいつはその話に触れなかったんだ」

マルコは素直に頷く。

その辺りのバランス感覚は彼に任せた方がよい。

「マルコー!ジャンー!」

廊下に出てきたルーラが二人に手を振った。

他のクラスメイトたちも続々と廊下に出てくる。

二人は、どちらからともなくため息とともに笑みを漏らした。

「さ、行こうぜ。入学式だ」

二人はC組の列に戻っていった。



「ということで、明日から早速授業開始だ。自己紹介や委員決めは一、二時限目で行う。今日はゆっくり休んで明日に備えるように。では、解散だ」

エルヴィンの簡潔な挨拶で、高校生活初日は終了した。

ジャンが大きく伸びをしていると、誰かが肩を叩いた。

マルコかと思って振り向くと、彫りの深い顔とかち合った。

ライナーだった。

ジャンは面喰って間抜けな声を漏らした。

「おう、何だよ」

ライナーはジャン、ルーラ、マルコと視線を移す。

「お前らこの後、暇か?」

「は?あー…」

ジャンが振り返ると、ルーラは首を竦めた。

マルコはキョトンと瞬きしている。

「デニーズあったろ。寄ってかねぇか?」

マルコが笑う。

「僕は構わないけど」

「決まりだ。おーい、アニ!」

ライナーの声に反応して、小柄な女生徒が振り返った。

金髪碧眼の整った顔立ちだ。

大きな瞳はつり上がっていて、少々きつめの印象を与える。

髪はバレッタでまとめあげていた。

彼女は気だるげに立ち上がって歩いてくる。

「なに?」

声は低めだ。

「こいつらとデニーズ行くんだ。お前も来ないか」

アニは三人を順番に眺めた。

ジャンの探るような視線を、ルーラの戸惑った視線を、マルコの真摯な視線を確かめるように受け止める。

そして、ため息をついた。

「パス」

「そうか…」

「あ、じゃあ私も遠慮する」

ルーラが慌てて手を上げる。

マルコは静かにルーラの表情を窺った。

「男同士で暑苦しく交友を深めてよ」

ジャンはチラリとマルコに視線を送る。

マルコは小さく頷いた。

「なら」

アニがルーラに向き直る。

「一緒に帰ろうか」

ルーラは驚いて口をポカンと開けた。

「あ…うん」





(20131128)


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