その手をつかんで

04.始まる


教室は、入学式特有の喧騒で満ちていた。

極度の緊張と興奮からくる空騒ぎ。

今はまだ、見知った者同士で固まって、自分たちの陣地を築いている。

が、見知らぬ者たちへの興味は旺盛で、視線は忙しなく教室中を飛び回っている。

私たちが教室に入ると、一瞬、その空間が静かになって、教室中の人間の視線が集まった。

そして、一瞬にして散っていく。

いや、散っていったように見えて、新たなクラスメイトを値踏みするように、さりげなく視線が行き交った。

「ええと、クラス表の順だよね」

私たちは縦三列に腰を下ろす。

私は後ろを振り返ってマルコの机に肘をついた。

「先生どんな人だろうね?」

マルコはニコニコと応じる。

「どんな先生がいいの?」

「優しい先生かなぁ。カッコいい先生だともっといい」

マルコの笑みが若干強張った。

「そう。僕は綺麗な女の先生がいいかな」

今度は私の笑みが固まる。

「ふ、ふぅん。マルコも男の子だもんね」

「ルーラも、そういうところは女子だね」

二人の間に微妙な空気が流れる。

「おい!お前ら何やってんだ!」

不穏な気配を察したのか、ジャンが身を乗り出して叫んだ。



と、左隣に影ができた。

隣の席の生徒がやってきたようだ。

顔を上げて、私は反射的に委縮した。

体格の良い男の子だった。

金髪に同色の瞳。

彫りの深い顔。

逞しい肩、厚い胸板、大きな体。

それは、男の子というより男性と言った方がしっくりくる体型だった。

うわぁ、すごい。

でも、少し恐い。

その生徒と目が合って、思わず首を竦める。

「お。お前ら掲示板のとこで喧嘩してたやつらだな」

え、と私は頬を引きつらせた。

「み、見てたの?」

「まあな。あれだけ騒いでれば嫌でも目につく」

「うわぁ…」

恥ずかしい。

頬に熱が集まった。

マルコとジャンを見遣る。

あれ?

二人の表情が固まっている気がした。

「マルコ?ジャン?」

「あ、ああ…悪かったな。邪魔だったろ」

マルコは苦笑いを浮かべた。

ジャンが相手に尋ねる。

「名前は?」

「ライナー・ブラウンだ。よろしくな。お前らは?」

さっぱりと笑う彼を見て、マルコとジャンは視線を交わす。

「マルコ・ボットだ。よろしく」

「ジャン・キルシュタインだ」

私も二人に倣って名を名乗った。

「ルーラ・クローゼです。よろしく」

私は少し安心した。

話してみると、意外に恐いという感じはしない。

「お前ら、同じ中学出身か?」

「ああ、まぁな」

「ライナーは、同じ中学とか…その…知り合いはいるのかい?」

「このクラスにか?何人かいるが、付き合いが長いのは…ほれ、あそこに座ってるやつだ」

ライナーはドア付近の席に座る金髪の女の子を指差した。

「アニ・レオンハート。幼なじみってやつだな」

「アニ…」

マルコが呟く。

「じゃ、私とマルコと一緒だね。私たちも生まれた時からずっと一緒なんだ」

「ってことは、さっきのは痴話喧嘩ってことだな。ほどほどに頼むぞ」

私は慌てて手を振り回した。

「そんなんじゃないから!」

ブラウンくんは私の反応を楽しむようにカラカラと笑った。



教卓側のドアが開いた。

スーツ姿の男性が入ってくる。

おそらくあの人が私たちのクラスの担任の先生だ。

「んなっ!?」

ジャンが小さく叫んだ。

先生はジャンをチラリと一瞥したが、そのまま教卓へ向かう。

「みんな、席に着いてくれ」

金髪をバックは短く刈り上げ、前は七三に揃えている。

厳格そうな太い眉、威厳に満ちた目つき、しかし、口元はその印象を和らげるように緩やかな弧を描いていた。

わ、カッコいいかも。

「まず、入学おめでとう。ローゼ高校へようこそ。君たちを歓迎する。私がこのクラスを担当することになったエルヴィン・スミスだ。これから一年間、よろしく頼む」

幸先がよさそうだなぁとマルコを振り返ると、マルコは呆けたようにスミス先生を見つめていた。





(20131126)


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