その手をつかんで

03.クラスメイトの影


正門が見えてきた。

『ローゼ高等学校』と彫られた学校銘板が、門扉の柱に掲げられている。

とうとうやってきた。

これから三年間を過ごす、私たちの母校だ。

玄関前の掲示板に張り出されたクラス表の前には、既に多くの新入生たちが群がっていた。

ドキドキとワクワクと、ほんの少しの不安。

それでもやはり気が急いて、自然と速足になる。

順番を待って、ようやく掲示板の前に辿り着くと、私はズラリと並ぶ人名を端から順に眺めていった。

クラスはA組からE組まで5クラスある。

各クラスの人数はおよそ40名。

総勢200人が今日から私たちの仲間になるわけだ。

ルーラ・クローゼ、マルコ・ボット…ルーラ・クローゼ、マルコ・ボット…。

同じクラスで見つかりますように。

同じクラスで見つかりますように。

A組からB組、C組へと目を滑らせる。



A組、B組かぁ。



小学校も中学校も、クラス名は数字だった。

1組、2組。

だから私は、アルファベットのクラス名にちょっと憧れていた。

しゅわしゅわっと、誰に対してでもない優越感が胸を焦がす。



少し意識が逸れている間に、どこまで名前を追ったかわからなくなってしまった。

あーもう!

もう一度C組に戻ってやり直す。

ルーラ・クローゼ、マルコ・ボット…ルーラ・クローゼ…

あ。

ジャン・キルシュタイン。

ジャンはC組だ。

すぐ下に私の名前もあった。

私もC組。

マルコは?

――あった!

三人の名前は仲良く順番に並んでいた。

「うそ!?やった!皆同じクラス…」

勢いよくマルコを振り返って、私はキョトンとした。

パチパチと瞬きする。

マルコは掲示板を食い入るように見つめたまま固まっていた。

「…マルコ?」

「まさか…」

マルコはうわ言のように呟いた。

何がまさかなのだろう。

確かに、5クラスある中で三人全員が同じクラスになれたのは、かなりの幸運だと思う。

けれど、そこまで驚かなくてもいいではないか。

それとも、誰か知り合いでもいたのだろうか。

私は特に気付かなかったが。

私が知らなくてマルコだけが知っている友人なんているのかな。

ずっと一緒だったし、何でも話し合ってきたと思ってたんだけど。

「C組だけじゃ…ねぇぞ…」

ハッと右隣りを見ると、ジャンも同じような表情で掲示板を凝視している。

二人ともどうしたというのだ。

マルコは目を見開いた。

「本当だ…こんなことが…偶然か…?」

ジャンも呆けたように漏らす。

「ホントに…『あいつら』…なのか…?」

あいつら、ということは相手は複数人いるようだ。

「いや…」

ジャンは目を細める。

その視線に、私は怯んだ。

やっぱり彼といると、時々こんな感情が走る。

「オレたちがこうして出会ってるんだ。もう、あり得ないことじゃねぇ」

マルコはジャンを見て、それから私を見た。

「…そうだな」

私はいよいよ首を傾げる。

「ねぇ、二人とも何言ってるの?」

マルコはようやく私の存在を意識したらしく、一瞬しまったという顔をして、慌てて笑みを作った。

「なんでもない」

私はめいっぱい不機嫌な顔をしてみせる。

「そんなわけないじゃん。誰か知り合いがいたんでしょ?誰?」

「お前はいいんだよ」

ジャンが口を挟む。

私はいっそう不機嫌になった。

「なんでよ。二人だけでコソコソして、気持ち悪い!」

「なぁっ!?」

ジャンはひどく傷ついた顔をした。

「気持ち悪い」という言葉は、相当程度、彼の自尊心を抉ったらしい。

「マルコ?」

マルコは弱ったなというように頬を掻く。

私は奥の手を使うことにした。

「…ずっと一緒だったのに」

俯いて、視線を伏せる。

「最近マルコのことわかんない…」

マルコが焦ったのがわかる。

よし、もうひと押しだ。

これをやるとだいたいマルコは折れる。

顔を上げて、真っ直ぐにマルコを見つめた。

「私には、言えないの?」

う、とマルコは喉を詰まらせる。

いいぞ、いいぞ。

言っちゃえ。

「マールコ!」

ジャンが横やりを入れてきた。

私は眉間にしわを寄せる。

「止めとけ。わかるだろ」

マルコは目を瞑った。

それから大きく息を吐き出す。

目を開けると、ジャンに向かって頷いた。

「そうだな」

マルコがジャンの意見を優先した。

二人が何を隠しているのか教えてくれないのもそうだが、私はそれが悔しくて、ジャンを睨みつけた。

「ジャンのバカ!」

ジャンは顔を引きつらせてのけ反る。

「どうせ後ろめたい関係なんでしょ!だから言えないんだ!」

ジャンは押し黙った。

が、ぶっきらぼうに頷く。

「ああ、そうだ。だからあんま触れんな。マルコを困らせてぇのか」

「ジャンが引き込んだんでしょう!?マルコは自分から進んでそんな関係つくらないもん!」

「ルーラ!」

「それで構わねぇよ」

「ああ!開き直るんだ!」

「ルーラ!」

「だって!」

マルコがルーラの両肩に手を置いた。

「ジャンが悪いんじゃないんだ。僕が悪いわけでもない。上手く説明できないんだ。とにかくここを退こう」

ルーラはハタと周囲を見渡した。

掲示板の前で言い合いを始めた三人は、明らかに他の新入生を妨害していた。

周囲の人々が迷惑そうな、または好奇の視線を送っている。

ルーラは急に正気に戻って、恥じ入った。

「…ごめん」

「大丈夫。さあ、昇降口に行こう」



昇降口で靴を履き替えながら、私はマルコとジャンに謝った。

「ごめんね。ちょっとムキになっちゃった。何が何でも話してもらわなきゃ気が済まないわけじゃないの」

マルコとジャンは気まずそうに頭を掻く。

「こっちもごめん。でも、話せるような段階じゃないんだ。僕らもまだ半信半疑だし…」

「じゃあ、それがはっきりしたら話してくれるってこと?」

マルコはチラリとジャンを見遣る。

「話した方がいいと思った時が来たら、話すよ」

ジャンも真面目な顔で頷いた。

二人がここまで言うのだ。

もう何も聞くまい。

私は頷き返した。

「わかった。それでいいよ」

二人はあからさまにホッとした表情を浮かべる。

私は内心苦笑して、二人の肩を軽く叩いた。

「さ、教室行こ!」





(20131122)


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