その手をつかんで

02.入学式の匂い


「おーい、ジャン!」

マルコが大きく手を振ると、短髪のスラリとした青年が振り返った。

彼はこちらに気付いて軽く手を上げる。

ジャン・キルシュタイン。

中学からの同級生で、彼も同じ高校に通うことになった。

「悪いな。待ったか?」

「いや、さっき来たとこだ」

マルコと軽い挨拶を交わすと、ジャンは私を振り返った。

その刺すような視線に小さく肩が跳ねる。

「よう」

「おはよ、ジャン。今日からまたよろしくね」

ヒヤヒヤしながら当たり障りのない返事をする。

マルコととても仲がいいから口にはしないが、私はジャンが苦手だった。

きつい視線と少々荒い言動が恐いのかもしれない。

元々釣り上がった彼の瞳は、ただ目が合っただけで私を貫き、竦ませた。

けれど、彼が実際に乱暴、粗暴かと言われると、そんなことはないと断言できる。

目つきは生まれつきのものだし、言動が荒っぽくなるのは、たいていの場合、彼の真っ直ぐな性格と不器用な優しさ故なのだ。

今だって、別に睨まれたわけではない。

ただ挨拶をしただけだ。

そんなことはわかっている。

マルコがここまで深い付き合いを続けているのも、それが彼の性格だと知っているからだ。

じゃあ何故?とは思うのだが、一度根付いてしまった苦手意識はなかなか払拭することができない。



通勤と通学が重なった車内は、ひどい人いきれがしていた。

ギリギリに駆け込んでくる人々に押されてたたらを踏む。

スーツのおじさんに肩を押されてよろけたところで、強い力で腕を引き寄せられた。

ジャンの手だった。

マルコの手が庇うように背中に回る。

「大丈夫?」

「うん」

「ったく、これから毎日これかよ」

「ああ、これはきついな」

「よし、これからしばらくは、どの車両が一番空いてるか検証だ」

「それがいいや。端ならもう少しマシかもしれないし」

私は喘ぎながら同意した。

目的の駅に到着して、流れに身を任せ、雪崩れるように電車を降りる。

「ぷっはぁ、いい空気!」

外の開けた場所に出て、私は大きく息を吐いた。

「チャリ通って楽だったんだね」

疲労困憊の私を二人が笑う。

「おいおい、まだ学校にも着いてねーぞ」

「がんばって、ルーラ」

「わかってるよ」

私は、よしと気合を入れて、こちらを振り返る二人を追い抜いた。



学校が近づくにつれ、同じ制服が目立つようになってきた。

この時間にここを歩いているということは、みんな新入生だろう。

緩やかな上り坂を見上げると、桜の花びらが空を舞っているのが見えた。

坂の上の桜並木を抜ければ、私たちがこれから通うことになるローゼ高等学校だ。

私はマルコを振り返った。

マルコとジャンは、私の頭より少し高い位置で会話している。

ジャンの左隣にマルコ、マルコの右隣にジャン。

ジャンの定位置も、マルコの右隣だった。

私とジャンはしばし、マルコの右隣に落ち着こうとしてぶつかった。

その度に、一瞬、歯に物が詰まったような顔をして、ジャンは私を間に入れてくれる。

そうすると、マルコはいつも困ったように笑うのだった。

私の視線に気づいて、マルコが体を傾けた。

「ん?」

ローゼ高校に行きたいんだ。

キラキラした目で話していたマルコの背中を追って、私もこの高校を選んだ。

動機は不純だが、選択は間違っていない気がしている。

根拠はないが。

「同じクラスだといいね」

マルコの目尻が緩んだ。

「そうだね」



坂を上りきると、新入生を歓迎するかのような桜吹雪が眼前を埋めた。

パステルカラーの春空を桃色の花びらが泳ぐ。

幻想的とすら言える光景に胸がカァッと熱くなった。

私が今持っている夢とか希望とかそういうものが、一面に舞っているように思えた。

私はマルコに向かって叫んだ。

「入学式の匂い!」

「ああ。本当だ」

マルコは破顔した。

「はぁ?」

ジャンだけが私たちの会話について来られなくて、怪訝な表情を浮かべていた。





(20131122)


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