51.臆病者の告白
それから数日、私は這うようにして学校に来た。
その間、ポツリポツリとあの頃の同期たちが私を訪ねてきた。
彼らは一様に私を気遣う言葉を掛けてくれる。
私にはそれが辛かった。
今は、同じ中学だったコニー、ユミル、クリスタが私を訪ねて来ている。
「ルーラ、顔色悪ぃぞ。大丈夫か?」
「記憶が戻った直後だ、だいたいの人間はこうなる。お前みたいな単細胞じゃなけりゃな」
「はあ!?」
「ちょっと、ユミル!コニー!止めてよ!ごめんねルーラ、まだ混乱してる時に」
「あ……」
マルコがそっと肩に手を乗せる。
マルコはあの時の言葉通り、いつもさりげなく隣にいてくれた。
「んなしみったれた顔しててもいいことねーから止めとけって」
「もう、ユミルったら!でもユミルの言うとおりだよ。色々戸惑ってるとは思うけど、あの世界のことは昔のことだから。早く今の生活に戻ってね、ルーラ」
「そーだぜ。俺たちはもう昔の俺たちじゃねえ。新しい世界を生きてるんだからな!」
「ほお、珍しくもっともらしいことを言うじゃねーか。ははぁ、大方、アルミンの受け売りってとこだな」
「ばっ!ちっげえよ!」
「図星か」
拳を振り上げるコニーとニヤニヤ笑みを浮かべるユミルを眺めながら、私は考える。
それでいいのか。
本当にそんなことが、許されるのか。
「ルーラ?」
私の表情の変化に気付いたのか、心配そうにクリスタが声を掛ける。
その純粋な気遣いに、罪悪感が騒いだ。
いいわけがない。
少なくとも、黙ったままでいることなど、できるわけがない。
「私は…ライナーとベルトルトの正体を知ってた」
三人がハッと息を止めたのがわかった。
「私は二人の正体を知ってた。でも黙ってた。たくさんの人たちが――私の家族も、兵団の同期も、みんな彼らのせいで死んでしまったのに…」
そしてその中にはマルコも含まれている。
私はその事実からは目を背け、自分に都合のいい解釈でマルコに頼った。
けれど、マルコはそんなこと、おくびにも出さなかった。
ただ受け入れ、なおかつ許した。
その決断をマルコはきちんと自分でしたのだ。
彼は強くて、優しい。
それに引きかえ、私は――
「なのに私は、その事実を知っても、黙ってた」
いつも自分勝手だった。
その時の感情に流されていただけだった。
黙っていたことさえも、自分で選んだことではなくて、選べなかった結果でしかなかった。
三人は無言のままだった。
さすがのコニーやユミルも、真面目な顔で遠い過去に思いを馳せているようだった。
どのくらい時間が空いただろうか、クリスタがそっと呟いた。
「そっか…」
その口調から、彼女がフォローの言葉を続けようとしているのを感じ取って、私は先んじて口を開く。
「ウトガルド城で巨人に囲まれた時、私、あなたたちが死んでしまえばいいと思った」
クリスタが身体を固くして声を飲み込んだ。
ユミルとコニーも表情を引き締めたまま私を見据えている。
視線に耐えかね、私は俯いてきつく目を瞑った。
マルコがそっと添えてくれている手のぬくもりだけが、妙に温かかった。
「彼らだけなら、巨人化すれば助かると思った。その時、彼らの正体を知っている者がいなければ、彼らは兵団に帰ることもできるって。私――」
そう、私にはこの三人の、いや、同期たちの好意を受け取る資格などなかった。
本当はマルコだってそうだ。
「それだって、そう思っただけで、自分で実行する勇気なんてなかった。結局、私は何もしなかった」
「それは…ルーラが私たちのこと仲間だと思ってくれたからで…」
控え目に言葉を挟むクリスタに、私は首を振った。
「違う。違うの。私はただ、なんにも手放したくなくて…そのためにどうしたらいいかもわからなくて、何もできなかっただけ」
「つまり」
ユミルが口を開く。
「お前は私たちを選ぶことも、ベルトルさんたちを選ぶこともしなかったと」
私は深く項垂れた。
そう。
そのとおりだ。
結局どちらも選べなかった。
どちらも裏切っていた。
「私は、裏切り者だった」
裏切りは、罪だ。
罪は、償わなければならないのではないだろうか。
だが、どうすればいい。
「どうやってこの罪を償ったらいいか、わからない」
「んな必要ねーだろ」
コニーが怪訝そうに首を傾げる。
「お前は全然関係ねーんだから。それはあの世界での話で、お前のやったことじゃねーだろ?」
確かにそうだ。
けれど、それをしたのは、過去の私だ。
私と魂を同じくする者だ。
祖先が犯した過ちを子孫が負わなければならないように、この魂が犯した過ちは、私が負わなければならないのではないだろうか。
私は上手く返事をすることができなかった。
「お前が悔いてるのは、私たちを裏切ったことか?」
ユミルが唐突に問う。
私は体を強張らせた。
誠意が見えないと言いたいのだと思った。
「思うに、お前は私たちを裏切っていたことに負い目を感じているわけじゃないな」
「そ、んなこと…」
拳を握りしめた私の背中をマルコがそっと撫でる。
ユミル、とクリスタが小声で諌めるが、ユミルは構わずに続けた。
「お前は、結局中途半端なままで自分の意志を決められなかったことに負い目を感じてるんだ。違うか?」
私はハタと目を瞠った。
言葉の意味を咀嚼しながら、ゆっくりと顔を上げる。
「確かに、裏切りは罪だ。けど、あの世界じゃ、むしろ大事なのは自分が何を選択するかだったように思う。お前はその選択を拒んだ。我が身可愛さに態度を曖昧に濁してたってとこか。そりゃあ、自分が取るべき責任から逃げたってことだ。許せないのはそこなんだろ」
手先が震えた。
その震えは、やがて全身に広がった。
私はユミルを見つめ、マルコを振り返る。
マルコは穏やかな眼差しを向けている。
そんな彼の顔を見ていたら、少し冷静になれた。
そうだ。
そういうことだ。
その通りだ。
ぐちゃぐちゃに絡んでいた糸がほぐれた気がした。
それでも、私がみんなを裏切っていたことに変わりはない。
けれど、それが仮に、自分なりに選択をした結果だったとしたら、責められる覚悟もあったのではないだろうか。
こんなにも罪悪感に苛まれるのは、私がすべき選択をしもしないで、ただ漫然とみんなを裏切っていたからだ。
だが、ユミルは思わぬ発言をした。
「けどよ、お前は本当に、最期までどっちも選べなかったのか?」
私は虚を突かれて目を瞬かせる。
「ウォール・ローゼの壁上で、私はあんな状態だったし、ヒス…クリスタは私につきっきりだった。コニーも近くにいなかったから、私たちはお前の最期を知らない。お前は死ぬ間際、何を考えてた?」
何を――
私は思考を沈める。
ライナーがクリスタが傷口に巻いた布を外して、そこから煙が立ち上って、エレンが呆然とその様子を見つめていて、ライナーの横でベルトルトが驚愕に目を見開いていて――
そんなライナーとベルトルトの瞳が私を真っ直ぐに捕えて、私は彼らの視線に射竦められて、怖くなって、震えた。
その瞬間、嫌な視線を感じて、反射的に地を蹴って――
それから――それから――
「よく…覚えてない」
「それがわかれば、少しは変わるかもな」
私はポカンと視線を浮かせた。
「なあルーラ、ライナーたちは言いたくても言えないんだろうさ。だから私が代わりに言ってやるわけだが、ベルトルさんに会ってやれよ」
私は反射的に体を引いて首を振ろうとする。
それを制してユミルが言った。
「今すぐとは言わない。落ち着いてからでいい。でも、あまり間が空くと、どんどん会いづらくなるってことは頭の片隅に置いておくべきだな。あいつは多分、自分からは来ないぜ。ずっとお前が自分に怯える様を見せつけられてきたんだ。そりゃ仕方ねぇってもんだ」
私は居たたまれなくなって顔を背ける。
クリスタもコニーも、マルコさえも私の発言を待っているのがわかった。
けれど、胸が重く塞いでいくばかりで、私はとうとう一言も発することができなかった。
そんな私に、マルコが柔らかく語り掛ける。
「僕もそう思う。一度、きちんと会って話した方がいい」
私はそれでもやっぱり頷くことができない。
それ以上は誰も何も言わなかった。
みんなわかっているのだ。
私の苦痛も葛藤も。
何故なら、既に記憶を取り戻した彼らも、おそらく同じ経験をしているから。
そして、そんな彼らが会いに行けという。
ならば、きっとそうすべきなのだ。
私自身も、会うべきだと、思っている。
でも――怖いのだ。
(20140725)
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