その手をつかんで

49.引き上げるのは僕でありたい


ルーラは黙り込む。

そんな彼女に、僕は長年の疑問を投げ掛けた。

「ルーラは――僕のことは平気なんだね」

ルーラは弾けるように僕を振り返った。

「どうして?」

彼女はしばらくキョトンと僕を見つめたまま動かなかった。

盲点を突かれて驚きながらも答えを探している、そんな風に見える。

ジャンも言っていたが、僕も不思議に思っていた。

僕だってみんなと同じ、人類側の訓練兵だった。

けれど、生まれてから一度も、ルーラは僕に対して、怯えたり拒絶したりするようなことはなかった。

僕と彼らとは、何が違うのだろう。

やがてルーラの顔に静かな確信のようなものが広がっていった。

「マルコは…」

そこには僅かな動揺も付随している。

「私…結局みんなの仲間ではいられなかったけど…だけど」

僕に向けられる視線には躊躇いがあった。

僕を窺っているようにも見える。

いや、縋っているようにも見えた。

「マルコだけは…マルコといる時はまだ――」

彼女の顔が少しずつ歪んでいく。

「私はみんなの仲間だった」

瞳が険しく寄る。

「裏切ってなかった。胸を張って、仲間だって言えた。マルコだけは――」

彼女は体を震わせた。

引きつる息の間から掠れた声が漏れる。

「私にとって仲間だった」



僕はようやく納得した。

そういうことだったのか。



心の何処かで期待していた。

彼女が僕に拒否反応を見せないのは――僕のところに幼なじみとして生まれてきてくれたのは、僕の存在が彼女の中でそれなりに大きくて心地よいものだったからなんじゃないかって。

僕とのあの約束を覚えていて、頼りにしてくれたからなんじゃないかって。

――生まれ変わったら、僕はきっと星になるから、ルーラとベルトルトと二人で食べにおいでよ。大丈夫。二人でもお腹一杯になるくらい、大きく生っておくから。

――ありがとう!約束だよ!

頼ってきてほしいと言った僕、約束だよと笑った彼女。

あの時の光景がサッと過る。

でもそういうことだったんだ。

僕がみんなより早く死んだ。

ただそれだけのことだ。

彼女が僕のところに逃げ込んできたのは、僕だからじゃない。

たまたま、条件を満たしていたのが僕だっただけだ。



僕は一瞬、自嘲の笑みを浮かべた。

ルーラの瞳が自己嫌悪に染まっていく。

許してマルコ。

彼女がそう言っているのが、表情からわかってしまった。

それは、彼女も僕と同じ結論に辿り着いたことを示していた。



でも、いいんだ。

そうだとしても、今こうしてルーラの隣にいるのは、僕だ。

「ごめん…マルコ…」

「謝ることなんてないんだ」

ルーラは項垂れた。

「僕は昔からルーラが僕を頼ってくれて、今こうして隣にいられることが嬉しいよ」

「私は、そういうマルコの優しさをずっと利用してきた」

「利用してたの?」

「そんなつもり――でも…」

「なら、いい」

ルーラは視線を上げた。

「そんなつもりなかったんだろ?なら、いいよ」

ルーラはギクシャクと首を振る。

そんなの許されないと言うように。

罵ってくれと訴えているようにさえ感じられた。

だから僕は頬をゆるめる。

「利用されてたとしてもいいんだ。僕はそれが嫌じゃなかったし、今でも嫌じゃない。だから、いいんだ。いいんだよ、ルーラ」

ルーラの声が再び上ずった。

涙が溢れ出す。

僕はルーラを引き寄せた。

彼女の背中をゆっくりさする。

「突き放さないで。今までどおり一緒にいて。お願い、マルコ」

僕は回した手に力を込めた。

「みんなと会おう。大丈夫、僕も隣にいるから。ね?」

ルーラの肩が小さく跳ねる。

体が小さく竦んでいく。

それでも彼女は頷いた。

はっきりと、大きく。



僕は彼女が落ち着くまで、ずっと背中を撫でていた。





やがて僕はルーラを起こして、鞄をあさった。

「これ」

ひつじの形のアイピローを差し出す。

「アイピロー?」

「アニから預かってきたんだ。ルーラに渡すつもりだったって」

「アニが?」

「眠れてなかっただろ、最近。心配してたんだよ、アニ」

「そっか…」

ひつじをそっと握りしめるルーラの表情は、ごく控えめではあったが綻んでいた。

僕は安心した。

決してあけっぴろげではないアニの優しさに救われた思いだった。

「冷やしても温めても使えるみたいだけど、今日は冷やした方がいいな。明日目が大変なことにならないように」

ルーラは大きく瞬きして、ハッと顔に手を当てた。

改めて今のルーラの顔を見る。

目と鼻はウサギみたいに真っ赤、顔もグチャグチャ。

率直に言ってひどい顔だった。

僕はクスリと笑ってしまう。

ルーラの赤い目が僕を睨みつけた。

僕は笑ったままごめんと謝る。

ルーラも短く吹き出してから、目を擦って、僕を見つめた。

「明日、迎えに来て」

「もちろん行くよ。いつもと同じように」

そう、記憶が戻っても、僕たちの日常は変わらない。




だが――一方で僕は、僕たちの関係が動き出す予感を覚えていた。





(20140715)


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