その手をつかんで

48.自責の海に沈むきみ


ルーラはようやく安心したらしく、そっと僕を解放した。

僕たちはクッションを床に敷いて、ベッドを背もたれに座り込む。

「マルコ…マルコは、いつから…」

「はっきりと認識したのは、ジャンに出会ってからかな。それまでも夢には見てたけど、まさか過去の出来事だとは思ってなかったから」

そう、とルーラは俯く。

睫毛が繊細そうに震えている。

視線を伏せたまま、彼女はわずかに喉を鳴らした。

「みんなは…?」

「エレンとミカサ以外は、みんな戻ってる。ライナーも、この前…」

「…あの時ライナーが倒れたのは、そういうことだったんだね」

「そう。だからルーラには言えなかった。ごめんね」

ルーラはゆるゆると首を振る。

「きっと『戦士』と『使命』に反応したんだ。ライナーらしいな」

ライナーの記憶が戻る原因を作ったのは、うちのクラスのお調子者コンビだった。

ルーラも一緒にそれを聞いていたんだったな。

「ライナー、気にしてた。アニも。ケンカしたろ?」

「あ…うん…」

「アニは、あのままライナーを帰してしまったら、もう学校に出てこられなくなるかもしれないって心配したんだ。一度背を向けてしまったら、時間がどんどん壁を高くしていく。いずれ乗り越えられない高さになってしまうからね。ライナーがそうやって僕らと距離を置いたら、ルーラだって嫌だろ?」

「うん」

僕は微笑んでみせる。

「だから、ルーラも明日は学校に行こう」

ルーラはハッと僕に目を合わせる。

その表情は急激に青ざめていった。

「行けない」

僕はあえて黙っている。

ルーラの言葉を待った。

「どんな顔して会えばいいか、わからない」

そのまま下を向いてしまう。

僕は小さく笑った。

「どんな顔も何も、その顔で行くしかないじゃないか」

ルーラも僅かに笑みを浮かべたように見えたが、それは一瞬のうちに鎮痛の面持ちの中に埋もれてしまう。

「みんな心配してる。帰ってくるまでにメールが何通も来たよ。明日必ず連れてこいって、僕も言われてるんだ」

ルーラは膝を抱き寄せる。

「みんなは…」
零れた落ちた声は揺れていた。

瞳は地面の一点をひたすらに見つめている。

いや、見つめているのは過去の情景かもしれなかった。

「知らないんだね」

『何を』知らないんだろう。

いや、僕には多分それがわかる。

ジャンから聞いていた。

彼女に掛けられていた嫌疑のことを。

彼らの正体を。

「私にはみんなの好意を受け取る資格がない。みんなのこと…裏切ってた。裏切ったまま、それを伝えもせずに――」

ルーラは喉を詰まらせた。

それを伝えずに、彼女は死んだ。

僕はルーラの言葉の意味を聞かない。

ルーラも説明しない。

それでも、僕にはルーラの言っていることがわかったし、ルーラは僕が理解していることをわかっている。

彼女の今の言葉は、掛けられた嫌疑が真実であったと告げていた。

「私は…誰の仲間でもいられなかった」

僕はルーラの言葉に違和感を感じる。

「誰の仲間でもなかった」と彼女は言った。

だが、それはおかしい。

たとえ人類を裏切っていたとしても、それは『彼ら』――『彼』のためであったはずで、彼女は『彼ら』の仲間だったはずだ。

単なる言葉のあやか――それとも。

――違う、のか――?

ルーラは自責の念を顔いっぱいに滲ませて僕を見上げた。

「結局、どっちも選べなかった…私――」

その後は言葉にならなかった。

僕は彼女の頭に手を置いた。

そうか。

悩んだんだな。

軽く叩いてやると、揺れに合わせて涙が零れる。

「自分が納得のいく答えをずっと探してた。どっちにも後で言い訳できるように。自分を正当化したかったから。そんな都合のいい答え、あるはずなかったのに」

ううん、探しちゃいけなかった。

そう言って彼女は顔をうずめた。

僕はただ彼女の頭を撫でている。

その場に居合わせもしなかった僕に言えることは、何一つなかった。

けれど、今こうして黙って傍にいてやることはできる。

「みんなに会わせる顔なんてない」

ルーラのみんなへの拒否反応の根源はここにあったんだなと、僕は目をすぼめた。

抱え込んだまま離すことのできなかった負い目を彼女は今も感じている。

だから、ベルトルトに対する拒絶が一番強かったのか。

一番、大切だった相手だったから。

一番大切な相手を裏切ったままだったから。





(20140710)


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