「一寸光陰」









 幼い頃の俺は、一日の時間の流れが遅く感じ、早く時間が流れればいいのにと思っていた。
 一人ぼっちで家族を待つのはとても辛い。遅く流れる時間が恨めしかった。


 どうして楽しい時間は、あっという間に過ぎていくのだろうか。



 俺は再び、時間を恨む。












『一寸光陰』











 どうしてなのだろうか、俺はもう中学生になっていた。
 変わらずクロウは見える。だが、学校の方が忙しくなりクロウと話す時間が一気に削られた。

 今日も朝早くから学校へ向かった。帰るのも少々遅い。
 俺が学校へ行っている間は、クロウは何をしているのだろうと思った。

 一度、寂しくないのかと聞いてみたが、「昔と何も変わらない」の一点張り。
 一人でいることに慣れを覚えている。そんなクロウが悲しく思えた。


 

 
 ある時、いつものように早い時間から学校へ行こうと家を出た。
 いつもと同じ時間にいつもと同じ道を通って学校へ行く。そのつもりだったのだが、その日は違った。
 玄関へ向かうと、玄関にクロウが座っていた。
 俺が来たことに気付くと、クロウはその場から腰を上げ、玄関の戸を開けた。






「おはよう。今日は送って行ってやるよ」





 そう言って、クロウはそそくさと先に家を出て行った。
 俺は慌てて靴を履き、クロウの後を追った。















「今日もいい天気だな」




「ん?うん」





 久しぶりのように感じる他愛のない会話。
 昔はクロウと並んでどこにでも遊びに行っていたが、中学に上がってからはめっきり減った。
 久々に並んで歩くと月日の流れを感じる。
 
 幼い頃には大きく見えたクロウも、今は身長が少しずつ追いつき、そこまで大きく感じない。
 何もかもが対等な感じがした。


 何故急に送りに行こうと思ったのか。






「クロウ、何で今日は送って行ってくれるんだ?」





 クロウは空をボーっと見上げたまま、ポツリと呟いた。





「最近、喋ってなかったから」





 なんて簡潔且つ分かりやすい理由なのだろうか。
 クロウも俺と同じことを考えていたようで、それが可笑しくてつい笑ってしまう。
 
 そんな俺を少々ムっとした表情で横目で見るクロウに、俺は軽く謝った。


 肩を並べて歩いているだけなのにも関わらず、穏やかな気持ちになる。
 クロウの持つ独特の雰囲気のせいだろうか。クロウが歩くたび、風に吹かれるたび、今は散ってしまっている桜の香りが漂う。
 このままずっと歩いて居たいが、時が経つのは本当に早い。もう正門まで来ていた。


 正門が目の前まで来ると、クロウは足を止めた。






「俺はここまでだ、行ってらっしゃい」





 俺は「行ってきます」と言い残して、校舎まで走って行った。
 寂しい顔を見せたくなかったから。












 時が経つのは、本当に遅い。
 何故こうも、自分が興味のない事だと時間の流れは遅く感じるのだろうか。
 早く、早く。そう考えれば考えるほど、遅く感じる。

 やっと五時間目、やっとの思いでここまで過ぎた。そんな気分だ。

 教師の授業の声が遠く感じるほど、ボーっとしていた。
 早く家に帰りたくて仕方ない。うずうずしながら窓の外をボーっと見つめていた。


 誰かが正門に立っている。

 
 外にいる人物を見つめていただけで、時間があっという間に過ぎた。
 授業が終わると同時に、荷物を鞄に詰め一目散に正門へ向かった。










「クロウ!」




 俺が名前を呼ぶと、クロウはこちらに気付いて軽く手を振った。
 



「学校終わったのか?」




「あぁ、終った…何でクロウがここに居るんだ?」




 俺が聞くと、クロウは照れ臭そうに言った。




「お前の帰り待ってたんだけど、早く会いたくてな…ついここまで迎えに来ちまった」




 どうやら、考えてることは同じのようだ。
 笑うのを我慢して、家の帰路を歩き出した。










「やっぱり、時間って不思議だな」




 クロウが突然呟いた言葉に、俺は同意の返事をする。
 



「自分の興味のない事だと、時間の流れは凄く遅い。なのに、自分の興味のある事だとあっという間に時間が過ぎちまう」




 今日一日、俺が考えていたことだった。
 人にも同じ時間間隔があるのだと思わせてくれる。もっとも、クロウは“人”ではないのだが。
 そのクロウの言葉から、「俺と居る時間はあっという間」と言っているということにもなる。
 それに少し嬉しくなった。




「俺は長く生きてるけど、漸く『一寸光陰』の意味が理解できたかもな」




 クロウは満足気に笑った。


 その時にふと思った。
 クロウは長い時の中で生きてきたが、ずっと“今”を生きているのだと。
 

 俺が、クロウの生き様に憧れを持った瞬間だったのかもしれない。




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