「ご神木」






 桜の散る風を覚えている。



 長い道のりを必死に歩く俺と。



 その隣で、涼しげに歩くクロウと。

 







『ご神木』












 いつものように本を読んでいた。
 そして、いつものようにクロウは俺の部屋に来た。

 
 本を捲る音に、外で風が葉達を撫でる音。
 

 クロウはその音に聴き入りながら、隣で目を瞑って座っていた。
 これが、俺たちの当たり前の日常になっていた。





 パタンッ





 俺が本を読み終わり、表紙を閉じると、その音を合図にクロウも目を開けた。
 俺は身体を伸ばそうと、その場に仰向けに転がって両腕を上に伸ばした。
 クロウは、俺を覗き込むようにして、俺の目にかかる前髪を軽く拂った。






「そんなに本は面白いか?」






 俺が頷くと、クロウは俺が読んでいた本をそのまま本棚へ戻した。
 そして俺の方を向き直り、俺の手を取った。






「本ばかり読んでると、外の世界についていけなくなるぞ。散歩に行こう」






 俺が返事をする前に、クロウはそのまま俺を外へ引っ張って行った。
















 俺の家の近くには小さな森のような場所があり、そこには神社があった。
 クロウは俺の手を引いたまま、その神社へと歩いていた。
 俺はクロウと違って歩幅が狭い。子供だから仕方のないことだが。それが当時の俺には辛かった。

 いくらクロウが手を引いているとはいえ、歩幅が違いすぎて俺は既に軽く走っている状態。

 一生懸命ついていこうと頑張っていたが、流石にインドア派の俺には体力が続かなかった。







「く…クロウ…!はやい…!」





 
 クロウの振袖の裾を引くと、クロウはこちらへと気付いて足を止めた。
 俺はその場に座り込み、息を整えた。






「悪かった」






 クロウは申し訳なさそうに一言謝ると、その場にしゃがみ込み俺の頭を軽く撫でた。
 俺の息が整ったのを確認すると、再び俺の手を取り、道を歩き出した。


 先ほどと違い、俺の歩幅に合わせるようにゆっくりと。















 神社は静かにひっそりとしていて、神秘的な雰囲気を出していた。
 話には聞いていた神社。来るのは初めてで、独特の空気に早くも飲まれていた。

 耳を澄ましても、風で木々の葉が擦れる音しか聞こえない。
 なんて静かで落ち着く場所なのだろうと、幼い俺でも思った。


 クロウは、神社の賽銭箱の前に座ると、立ったままの俺に向かって手招きをした。

 俺が隣に座ると、クロウは一点のある方向を指差した。






「見えるか?あのご神木」




「しろいかみがさがってるき?」






 クロウの指差した先には、太く大きなご神木が立っていた。
 幼い目から見ても、相当古いものだと分かる大きな木。クロウはその木の話をしてくれた。






「あの木はな、俺が幼い頃からあるんだ」




「どのくらいまえ?」




「ずっと前。何百年も前」





 クロウの幼い頃からあるということは、かなり昔の話なのだろう。
 俺は真剣に聞き入っていた。





「あの木はな、今まで多くの人が自分の願い事を書いて、あの木に打ちつけてたんだ」




「おねがいごと?どうして?」




「あの木に願い事を打ち付ければ、その願いが叶うって言い伝えがあったんだ」





 ご神木は、昔は「願い木」という名前で呼ばれていたらしい。
 多くの人々が願い事をあの木に打ち付け、思いを馳せていたようだ。





「あの木はな、元々俺たち座敷童の憩い場だったんだ。人々の願いを聞いた座敷童達が、願いを打ち付けた人の家に遊びに行く。そんなことをしているうちに、願いが叶うなんて言い伝えが広まったんだ。

 まあ、今となっては…そのことさえ知る人間が減ったんだけどな。願い木もただの伝説になった」





 そう言うクロウの表情は寂しそうな顔をしていた。
 




「じゃあ、ぼくがおぼえてるよ」





 クロウは驚いたように俺を見た。


 


「ぼくがおぼえていて、みんなにはなしたら…みんなもこのはなしをわすれないよね?」





 あの時のクロウの表情が忘れられない。
 俺も無意識にそう言った。クロウにも忘れられたくないことがあるんだろうと思った。
 
 俺が今の話を復唱して必死に頭に叩き込んでいると、クロウは「有難う」と一言。
 そのまま、再び俺の頭を撫で始めた。








 クロウはその後も、神社にある物の話をしてくれた。
 皆が絶対に知らないであろう話。言い伝え。どれも俺の興味を引くものだった。
 クロウはきっと、俺に合わせて話をしてくれたのだろう。
 昔話をしているクロウは、どことなく楽しそうだった。



 クロウの話を聞いていて、俺はふと思った。






 クロウはいつから一人なのだろうと。



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