「隣に居るから」
風の音。雨の打ち付ける音。
俺はその音が大嫌いだった。
たまに鳴る激しい音。
その音を聞くだけで、布団にくるまって耐えていた。
昔は、そんな日が大嫌いだった。昔、は。
『隣に居るから』
台風がきた。家には俺一人。
両親は台風の日でも仕事がある。
大きな台風がきたことで、学校も臨時休校。
外では強い風が吹き、雨が窓を叩く。
たまに鳴り響く、何かが壊れたり、ぶつかったりする音に、俺は耳を塞いでいた。
俺は、台風の日が大嫌いだった。
一人で家に居る中、外は物音を立て怖さを強調している。
ただでさえ古い家屋。天井も柱も軋む音がする。
家が崩れるんじゃないかと、ずっと怯えていた。
この日も、耳を塞いで布団にくるまっていた。
ガタッと鳴る物音だけでも、身体を震えさせていた。
泣きそうになるにも我慢する。泣いてたまるかと思っていても。自然と涙が溢れてくる。
いっそのこと、大泣きしてしまいたかった。
その時だった。
小さく丸めていた背中を、ポンポンっと叩かれる感触がした。
びっくりして布団から顔を出すと、俺の隣にクロウが座っていた。
「大丈夫か?怖いのか?」
クロウの声は、変わらず落ち着いていた。
その声に、自然と安心感を覚えた。
「クロウ…クロウはこわくないの…?」
「怖くないぞ。慣れてるからな」
何百年も前から存在しているのだ、台風くらいどうということはないのだろう。
クロウの落ち着いた態度が、少し悔しくなった。
「ぼ、ぼくはべつに…こわくない…もん…」
完全にやせ我慢をしていた。
平気なはずがない。台風が本当に怖かったのだから。
布団を握りしめる手が軽く震えているにも関わらず、俺は「怖くない」と言い続けた。
ガタァンッ
外で大きな音がした。何かが倒れたのだろう。
俺はその音に驚き、小さく悲鳴を上げ、そのままクロウにしがみ付いた。
クロウにしがみ付いたまま震える俺を、クロウは笑いもせず俺を慰めるように背中を叩いてくれた。
不思議と、クロウに叩かれていると心が落ち着いた気がした。あまり怖く感じないのだ。
「隠さなくてもいい。台風の中、こんな広い家に一人で居たら誰だって怖い。
それでも我慢して留守番しているんだ、偉いぞ…遊星」
クロウはそう言って、俺が恐がらない様にギュッと抱きしめてくれた。
妖怪のクロウは体温が無い。だが、俺は凄く温かさを感じた。
クロウの温かさと、クロウから香る桜の香り。それだけで、俺の怖さを拭い去るには十分だった。
「クロウ…」
「ん?」
「……こわい」
「そっか」
クロウになら、素直に「怖い」と言えた。
怖いと言う俺を、クロウは優しく慰めてくれていた。
怖さを紛らわせるために、遊びにも付き合い、沢山昔話をしてくれた。
俺は、クロウのお蔭で台風の日が大好きになった。
「クロウ」
「なんだ?」
「こわいから…手繋いでいい?」
「あぁ」
この日から、俺は台風の日を待ちわびるようになった。
台風の日だけは、誰にも邪魔されずクロウと夜遅くまで遊べたから。
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