「木漏れ日の出会い」
あの日は、木々の木漏れ日が印象深かった。
キラキラと光る木漏れ日が、縁側を照らしていた。
『木漏れ日の出会い』
それは、春一番の風が吹く、温かい日だった。
その頃の俺は、丁度9歳。本に書かれていることしか知らない子供だった。
俺は、外で遊ぶよりも部屋の中で本を読む方が好きな子供だった。
家には書斎があり、そこに難しい本も沢山あった。
それを興味本位で読んでいくうちに、本の虫となっていた。
その日も、読み終わった本を持って、書斎に向かうところだった。
書斎へ向かう長い廊下。
その廊下には、縁側があった。そこの縁側からは、庭を眺めることができる。
俺も、その場所で本を読むのが好きだった。
いつもなら、そこを通り過ぎて書斎に向かうところだったのだが、その日だけはできなかった。
俺以外に誰も居ない家。
そして、家の縁側に見知らぬ人が座っていた。
目を細めて庭を見つめている。
若草色の薄めの着物を身に纏って、不思議な雰囲気を出していた。
そんな落ち着いた着物の色に似つかわしくない、明るいオレンジの髪。
春風に撫でられ、木漏れ日に照らされ、キラキラ輝いていた。
幼い自分にとって、見たこともない綺麗なものだと思った。
俺は、無意識に声を掛けていた。
「おにいちゃん、だあれ?」
俺がそう聞くと、その人は驚いたように俺を見た。
信じられないという驚いた顔をしたまま、固まっていた。
「ここで、なにしてるの?」
俺は何も気づかずに、再び声を掛けた。
その人は、少々落ち着いた口調で、こう答えてくれた。
「庭、眺めてる」
そのまま、再び庭に目を移した。
庭を眺める目は、優しい色をしていた。思い出を慈しむかのような。
今の俺には、そう感じた。
俺は、そのまま隣に座り、持っていた本を傍に置いて同じように庭を眺めた。
「おにいちゃん、にわすきなの?」
その人は「あぁ」と簡単に返事をした。
目は庭に向けられたままだったが、話を聞いてくれてることが、当時の俺には嬉しかった。
「いつも、ここでにわをみてるの?」
また、「あぁ」と答えてくれた。
俺は、単純な質問や特に意味もない質問をしていた。それでもちゃんと返事を返してくれた。
他愛のない質問をしていると、時が経つのも忘れていた。
気が付けば、外は夕暮れ。空はオレンジ色に染まっていた。
そろそろ親が帰ってくる時間。本を片付けるのも忘れていた。
片付けをしようと本を抱えると、それを脇目で見ていたその人が、初めて俺に声を掛けた。
「本、好きなのか?」
俺は、持っていた本を見つめ、「すき」とだけ答えた。
その人は「そうか」と返すだけだったが、俺には凄く嬉しかった。
俺は本を抱えて、書斎の方へ向かおうとした。
だが、このまま書斎に行って、戻って来たときにはその人がいない気がした。
書斎に向かう足を止めて、俺は振り返って最後の質問をした。
「おにいちゃん、なまえは?」
その人は、その時初めて俺に向かって微笑みかけた。
「……クロウ」
俺は、名前を聞けたことにだけ満足し、自分の名前を教えるのも忘れて書斎に走って行った。
それが、俺とクロウの出会いだった。
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